樹里ちゃん、ある決断をする
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
先日、樹里はまた不甲斐ない夫の杉下左京のせいで、殺し屋に命を狙われました。
でも、通信教育で習い始めた合気道が役に立ち、事なきを得たのはさすがだと思う地の文です。
「樹里さん、申し訳なかった。警備体制を強化したはずなのに、あっさり不審者が邸に侵入したのは、私の手落ちだ」
雇い主の五反田氏は、樹里に頭を下げました。
「とんでもないです。警視庁の方のお話では、プロの殺し屋だそうですから、防ぐのは困難だったと言われました」
樹里は笑顔全開で言いました。
警視庁がそういう見解を示したのは、護衛として付いていた加藤真澄警部が一撃で殺し屋に倒された事実を包み隠したいからなのは内緒にしなければならないと思う地の文です。
「とにかく、警備体制を全面的に見直し、更に隙のないものに改善するよ」
五反田氏は苦笑いして告げました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「樹里さん、黒幕は必ず私達が突き止めますから」
五反田氏の愛娘の麻耶の家庭教師である有栖川倫子が樹里の耳元で小声で言いました。
「そうなんですか」
樹里も倫子の耳元で囁きました。
「ああん」
耳が弱点の倫子はちょっと問題のある声で応じました。
「う、うるさいわね!」
真相を突き止めたはずの地の文に理不尽に切れる倫子です。
「樹里さんは必ず私が守りますから」
実は前回、見事なまでに樹里を守れなかったもう一人のメイドの目黒弥生が目を潤ませて言いました。
「それは言わなくてもいいでしょ! そもそもあんたが変な事を言うから、殺し屋が……」
グチグチ言い訳をし始めるすでに中高年の仲間入りをしている弥生です。
「ううう……」
痛いところをズバッと突かれたので、項垂れてしまう弥生です。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
(大丈夫かしら?)
そんな倫子と弥生を不安そうな顔で見ている住み込み医師の黒川真理沙です。
ご存知の通り、三人は怪盗ドロント一味で、以前は盗みを働く大泥棒でした。
しかし、首領のドロントが貧乳のせいで、いつも失敗に終わり、稼業を廃業にしたのでした。
「理由が全然違います!」
地の文の詳細な解説に異議を唱える倫子です。
(首領もキャビーも、病状が悪化しているわね)
実はニートというドロントの手下の真理沙は、誰もいない方向を見て叫んでいる倫子と弥生を見て溜息を吐きました。
「一応訂正しておきますが、私はニートではなくて、ヌートですから」
目が笑っていない笑顔で地の文を脅す真理沙です。地の文は漏らしてしまいました。
「では、失礼致します」
樹里は深々と頭を下げ、五反田邸を出ました。
「キャビー、心配だから、後を尾けて」
倫子が真顔で弥生に告げました。
「はい」
弥生も真顔で応じました。
「樹里様、不審者に襲撃されたと聞き及びました。しかし、我らが護衛する以上、何人たりとも近づけはしません」
そこへいつもとはパターンの違う状態で登場する昭和眼鏡男と愉快な仲間達です。
河原から直接来たのでしょうか?
「違います! 我らにはきちんとした住まいがあります!」
地の文の鋭い推理を真正面から否定する眼鏡男です。
家とは言わずに住まいというところがうまい誤魔化し方だと思う地の文です。
「誤魔化してなどおりません! 我らの住居はきちんとした家屋で、1Kのアパートです!」
地の文の妄想に堪りかねた眼鏡男が、遂に自分達の住居を明らかにしました。
「はっ!」
我に返って周囲を見渡すと、樹里は隊員達と共にすでに成城学園前駅に向かっていました。
(ああ、このパターンの放置プレーは初めてだ。しかも今年最後でもある。いろいろな意味で、五臓六腑に染み渡る……)
変態度が更に進行している眼鏡男です。
樹里は何事もなく、無事に自宅に到着しました。
「では樹里様、また明日、お目にかかります」
眼鏡男達は敬礼して立ち去りました。
「ありがとうございました」
樹里は深々とお辞儀をしました。そして、
「弥生さん、お茶でも飲んで行きますか?」
気配を消してついて来たはずの弥生に声をかけました。
「えええ!? どうして私がいるってわかったんですか?」
電柱の陰からフワッと姿を見せる弥生です。
「え? わかったのはまずかったですか?」
樹里が目を潤ませて尋ねたので、
「いえ、何も問題ありません」
ドキドキしながら応じる弥生です。
(樹里ちゃんのウルウル攻撃、凄過ぎる)
危うく百合の世界に突入しそうになった弥生です。
でも、小池さんは関係ありません。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「わああ、やよいたんだ!」
「わあ、やおいたんだ!」
玄関まで出迎えに来た長女の瑠里と次女の冴里が弥生を見て喜びの声をあげました。
「ああ、いらっしゃい、目黒さん」
ついでに左京も出てきて言いました。
「ついでとか言うな!」
一番ランクが低いのに、それ以上に持ち上げて描写しているはずの地の文に切れる左京です。
「夜遅くにすみません」
弥生は瑠里と冴里に抱きつかれながらも、左京に挨拶しました。
実は左京も抱きつきたかったのは内緒です。
「抱きつきたかったなんて思ってねえよ!」
捏造を繰り返す地の文に切れる左京です。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。
一同は居間に行きました。
お茶の準備をキッチンで始める樹里に左京が忍び寄ります。
「誤解を招く表現はやめろ!」
常に公平な扱いしかしていない地の文に抗議する左京です。
「左京さん、どうかしましたか?」
樹里は笑顔全開で左京を見ました。左京は真剣な表情で、
「俺のせいで、樹里が危険な目に遭うのは本当にすまないと思っている」
「そうなんですか?」
樹里は首を傾げて応じました。
(可愛い!)
そんな樹里の仕草に欲情してしまう変態左京です。
「よ、欲情なんかしてねえぞ!」
図星を突かれたので、動揺しながら地の文に切れる左京です。
「お腹の子の事もあるし、仕事を休んでくれ。その分、俺が頑張るから」
左京は樹里を心配する一心から、できもしない約束をしようとしています。
「くうう……」
致命傷になりかねない程痛いところを突かれた左京は、四つん這いになってしまいました。
「はい。明日から、産休を取る事にしました。有給休暇ですから、大丈夫ですよ」
樹里は笑顔全開で、左京が固まってしまうような回答をしました。
めでたし、めでたし。