表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
408/839

樹里ちゃん、歴史ドラマの打ち上げに参加する

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、もうすぐ引退するママ女優でもあります。


 樹里は日本テレビ協会(NTK)の歴史ドラマの撮影を終了し、打ち上げに参加する事になりました。


 第三子を妊娠しているので、刺激物やアルコールはダメです。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 妹の真里、希里、絵里も打ち上げに参加しました。


「お疲れ様でした」


 番組のナレーションを担当していたアナウンサーの佐藤美恵子が樹里に声をかけました。


「お疲れ様でした」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「お疲れ様でしたあ」


 真里がニコニコして佐藤アナに近づきました。


「お疲れ様、真里ちゃん」


 佐藤アナも微笑んで応じました。すると真里の後ろから来た希里が、


「佐藤さんて、フリーになるんですか?」


 いきなり、訊いてはいけない事を口にしました。


「え?」


 佐藤アナはギクッとして希里を見ました。


「え?」


 顔を引きつらせて佐藤アナを見るプロデューサーの丹東たんとう斜男はすおです。


「希里、そんな事を訊いたらダメよ!」


 真里が慌てて希里の口を塞ぎました。


「ええ? でも、まりねえがいちばんききたがっていたでしょ?」


 希里の後ろから現れた絵里がシレッとした顔で裏事情を暴露しました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じましたが、


「な、何言ってるの、絵里! 私はそんな事言ってないわよ!」


 尋常ではない程嫌な汗を掻き、懸命に否定する真里です。


「希里ちゃん、私はフリーにはならないわよ」


 若干顔をヒクつかせて、丹東の視線を気にしながら答える佐藤アナです。


「じゃあ、どくりつするんですか?」


 言葉の意味もよくわかっていない絵里が更に突っ込んだ質問をしました。


「そ、それも同じ意味ね、絵里ちゃん。私はずっとこの局にいるつもりよ」


 佐藤アナはますます圧が強くなってきた丹東の視線にえながら応じました。


「なるほど、一番あんたいでりすくの少ない道をえらぶんですね」


 真里の制止を振り切って、もっといけない事を言ってしまう希里です。


 多分、意味は半分以上わかっていないと思う地の文です。


「あはは、そ、そういうつもりはないけど、ここで定年を迎えるつもりよ」


 顔が引きつりまくっている佐藤アナは、滑舌が悪くなりながらも、何とか応じました。


 丹東はそれを白い目で見ていました。


「そうなんですか」


 樹里はそれでも笑顔全開です。


「樹里ちゃん、最高だったよ! ラストの台詞、ジーンと来ちゃった!」


 ちょっと乗りの軽い演出家であるラリー修善寺が缶ビールを片手に近づいてきました。


「ありがとうございます、修善寺先生」


 樹里は笑顔全開で応じました。修善寺はその笑顔にデレッとして鼻の下を顎の下まで伸ばし、


「引退なんて撤回しなよ、樹里ちゃん。また一緒にドラマ作ろうよ!」


 突然号泣し始めました。城崎温泉に行くのかと思ってしまう地の文です。


「そうなんですか」


 樹里は少しだけ困った顔で応じました。貴重な瞬間だと思う地の文です。


「ねえ、樹里ちゃん、そうしようよ、ね、ね?」


 修善寺が更にしつこく樹里に酒臭い息を撒き散らしながら迫ったので、


「ラリーさん、あっちで休みましょう」


 スタッフの一人が、修善寺の酒癖の悪さを知っているので、別の場所に連れて行きました。


 ホッとした地の文です。


「樹里さん、お疲れ様でした」


 そこへ、このドラマの原作者である脱獄囚の母親の加藤佐和子が現れました。


 何を言っても無反応な佐和子は、地の文の一番苦手な人です。


「先生の原作をけがさないように精一杯頑張らせていただきました」


 樹里は笑顔全開で深々とお辞儀しました。すると佐和子は微笑んで、


「何を言っているの、樹里さん。私こそ、貴女の高祖母の方の人生を穢していないかと、内心ヒヤヒヤしていたのよ」


 樹里の両手を包み込むように握りました。


 樹里が演じたのは、明治という時代を力強く生き抜いた女性です。


 その女性は、しくも、樹里の高祖母にあたる人だったのです。


「そうなんですか」


 樹里は目を潤ませながらも、笑顔全開で佐和子を見ました。


「素晴らしい演技でした。そして、素晴らしい女性だったと改めて思いました」


 佐和子も目を潤ませています。そんな雰囲気に呑まれたのか、佐藤アナも丹東も目を潤ませています。


「ありがとうございます、先生」


 樹里はもう一度深々と頭を下げました。


「お礼を言うのは私の方よ、樹里さん。貴女のお陰で、私の小説が有名になったのですから」


 印税生活を謳歌している佐和子は、笑いが止まらないと思う地の文ですが、結局無反応なので、もう何も言わない事にします。


 涙で皆さんの顔が霞んで見える地の文です。


「そうなんですか」


 樹里は真珠より美しい涙を両目から一粒ポロリと零し、それでも笑顔全開で応じました。


「じゅりねえ、泣かないで」


 何故樹里が涙を零しているのかわからない絵里が、クシャクシャのハンカチを差し出しました。


「ありがとう、絵里」


 樹里は絵里に微笑んでお礼を言いました。


 それを見ていた佐和子と佐藤アナがもらい泣きをしました。


 丹東は俯いて涙を隠しました。


 久しぶりに綺麗な終わり方ができたのは、不甲斐ない夫の杉下左京が出てこなかったからだと思う地の文です。


 


 めでたし、めでたし。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ