樹里ちゃん、もう一度離婚を迫られる
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、もうすぐ引退してしまうママ女優でもあります。
今日は樹里はメイドの仕事はお休みで、毎日がお休みの不甲斐ない夫の金メダリストの杉下左京の事務所の手伝いをする事になっています。
実質的には休暇と同じだと思う地の文です。
「いろいろうるせえ!」
いちいち文句を言うのが面倒臭いので、まとめて切れる物ぐさな左京です。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
今日はママが実際には休み同然なので、保育所を休んだ長女の瑠里と次女の冴里も笑顔全開で応じました。
「ううう……」
左京は妻と娘が地の文に完全に同意したので、ショックのあまり項垂れました。
「では、左京さん、事務所に行きましょうか」
更に樹里は笑顔全開で告げました。
「そうなんですか」
思わず樹里の口癖で応じてしまう左京です。
樹里達は、自宅から渡り廊下でつながっている杉下左京迷探偵事務所に向かいました。
「迷は余計だ!」
事実をありのままに述べただけの地の文に切れる左京です。
「まずはお掃除からしましょう」
樹里は散らかり放題の迷探偵事務所の中を見渡して言いました。
「だから迷は余計だ!」
再び同じボケをした地の文に再び切れる左京です。
「左京さん」
樹里が笑顔全開で左京を呼びました。
「はい!」
ビクッとして直立不動になる左京です。
「ダメね、パパは」
「ダメね、パパは」
瑠里と冴里は、どこで覚えたのか、肩を竦めて言いました。
「くうう……」
娘にまでダメ出しされ、四つん這いになってしまう左京です。
事務所の掃除は、樹里のプロ級のテクニックでたちどころに終わりました。
「きれいになったね」
何もしていないのにフウッと息を吐き、出てもいない額の汗を拭う瑠里です。
「きれいになたね」
お姉ちゃんの真似をして額を拭う冴里です。
「一息吐きましょうか」
樹里は笑顔全開で言い、お茶の用意をします、
「そうなんですか」
汗だくの左京は引きつり全開で応じました。
「わーい、ひといきひといき!」
意味もわからずにはしゃぐ瑠里です。
「わーい、いとひきいとひき!」
もっと意味がわからない状態ではしゃぐ冴里です。
樹里は左京と自分には熱い日本茶を、瑠里と冴里には常温のスポーツドリンクを出しました。
「ゆっくり飲むのですよ、瑠里、冴里」
「はい、ママ!」
瑠里と冴里は笑顔全開で告げる樹里に笑顔全開で応じました。
瑠里と冴里のコップはプラスチック製のもので、落としても割れないので安心だと思う地の文です。
「あつあつ!」
慌て者で粗忽者の左京は、熱いお茶をグッと飲もうとし、大騒ぎです。
「左京さん、慌てないでくださいね」
樹里は笑顔全開で左京を嗜めました。
「はい……」
また項垂れて応じる左京です。
それからしばらく経ちましたが、電話も鳴りませんし、誰もやってきません。
今日も開店休業状態の記録更新だと思う地の文です。
「またしてもうるさい!」
真実を伝えようとした地の文に切れる理不尽極まりない左京です。
瑠里と冴里は、眠くなってきたのか、座っていたソファの上でウトウトし始めました。
「左京さん、瑠里と冴里を部屋に連れて行ってもらえますか? 私はキッチンとトイレの掃除をしますから」
樹里が笑顔全開で言ったので、左京は苦笑いして、
「ああ、わかったよ」
瑠里と冴里をそっと抱きかかえて、事務所を出て行きました。樹里はそれを見届けてから、キッチンの掃除を始めました。
そして、樹里がトイレの掃除を始めようとした時、ドアフォンが鳴りました。樹里はすぐに手を止め、ドアに駆け寄りました。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると、そこに立っていたのは、左京の幼馴染で不倫相手の今野敏子でした。
「不倫相手ではなくて、婚約者よ」
ドスの利いた声で地の文に脅しをかける敏子です。地の文は少し漏らしてしまいました。
「樹里さん、少しお話をできるかしら?」
敏子は作り笑顔全開で言いました。
「大丈夫ですよ。もうすぐ、左京さんも戻ってきますから」
樹里は笑顔全開で応じましたが、敏子はスッと中に入ってドアを閉じると鍵をかけ、
「左京さんには聞かれたくない話なので、手短にしますね」
樹里の右腕を掴み、強引にソファに座らせ、自分はその向かいに座りました。
「何かお飲物をご用意しましょうか?」
樹里は何の他意もなくそう尋ねましたが、敏子は、
「左京さんが戻ってくるように時間を稼ぐつもりでしょうけど、何も要りません。話をしますね」
樹里を睨みつけて言い放ちました。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開で応じました。敏子はフッと笑い、
「先日の引退のお話、新聞と週刊誌で読ませてもらいました」
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開で応じたので、敏子はちょっとイラッとしましたが、
「貴女が女優を引退するくらいでは、私は引き下がりませんよ。何が何でも、貴女と左京さんを別れさせます。そして、私が左京さんの生涯の伴侶となるのです」
ドヤ顔で告げました。
「貴女のお身内に何かあったら嫌でしょう、樹里さん? そうならないうちに左京さんと別れてくださいな。そうすれば、貴女もまた新たな人生の伴侶を得られますから」
上から目線作家の大村美沙も裸足で逃げ出すような悪い魔女顔になって低い声で言う敏子です。
「左京さんの生涯の伴侶は私です。そして、私の生涯の伴侶は左京さんですよ」
樹里はそれにも関わらず、笑顔全開で応じました。すると敏子はガタンとソファを後ろに倒して勢いよく立ち上がり、
「そういう事を言うのね、樹里さん。そこまで意地を張って私に逆らうのなら、私にも考えがあります。覚悟しておいてくださいね」
そう言い捨てると、大股でドアに近づき、鍵を開けて出て行ってしまいました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
果たして、敏子は何をするつもりなのでしょうか?