樹里ちゃん、お祝いされる
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、主演のホラー映画は大ヒット、来年放送予定の歴史ドラマは、樹里の突然の引退宣言で情報番組で連日話題になっています。
「では、行ってきますね、左京さん、瑠里、冴里」
樹里はいつものように笑顔全開で告げました。
「大丈夫なのか、樹里? 休んだ方がいいんじゃないか?」
先日、樹里の第三子の妊娠を知った不甲斐なかったら日本一の夫の杉下左京が尋ねました。
「日本一じゃねえよ!」
細かい事が気になる地の文に全力で切れる元気だけは一人前の左京です。
「ううう……」
続けざまに罵られ、いつしかそれが快感めいてきている左京です。
「断じてそれはない!」
それにも関わらず、めげずに切れる左京です。
「大丈夫ですよ」
樹里はあっさりと左京の発言を退けました。
「そうなんですか」
その淡白な応答に血の涙を流して樹里の口癖で応じる左京です。
「いってらっしゃい、ママ!」
もう一人妹が出来ると知り、テンションが上がりまくりの長女の瑠里は、いつにも増して元気よく応じました。
「いてらしゃい、ママ!」
まだ全てを理解している訳ではないのですが、何となく楽しい事が起ころうとしていると察している次女の冴里も、お姉ちゃんに負けないくらい元気いっぱいです。
「樹里様と瑠里様と冴里様にはご機嫌麗しく」
いつ以来なのか、地の文にも記憶がない程登場していなかった昭和眼鏡男と愉快な仲間達が、いつもより早めに割り込んできました。
「まだそれ程経っておりません!」
適当な事を言った地の文に手帳を捲って抗議する眼鏡男です。まだまだアナログだと思う地の文です。
「おはようございます」
「おはよう、たいちょう!」
「おはよ、たいちょ!」
樹里と瑠里と冴里の笑顔全開の三重奏に挨拶を返され、至福のひと時を感じる変態おじさん集団です。
「変態ではありませんし、おじさんでもありません! 我らはまだ二十代です!」
眼鏡男達は怒り心頭に発しながら、運転免許証を見せました。
しかしながら、瑠里や冴里から見れば、十分「おじさん」だと思う地の文です。
「ううう……」
地の文の容赦ない言葉に打ちのめされ、また這いつくばってしまう眼鏡男達でしたが、ハッと我に返り、
「樹里様、ご懐妊おめでとうございます。我々からのささやかなお祝いです」
花束を差し出しました。
「ありがとうございます」
樹里は笑顔全開でそれを受け取りました。
「今まで以上に樹里様の身の安全に万全の注意を払う所存です」
眼鏡男達は一斉に敬礼しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
(こいつら、本当にいい奴らだな)
左京は柄にもなく、ウルッときていました。但し、それは老化現象だと思う地の文です。
「うるせえ!」
遠慮会釈のないまるで某元都知事並みに言葉遣いが汚い地の文に切れる左京です。
「パパ、なにしてるの!? おいてっちゃうよ!」
瑠里と冴里が揃って仁王立ちの上、腕組みをしてほっぺを膨らませているので、
「パパが悪かったよお、瑠里、冴里」
デレデレしながら謝る左京です。
「ワンワン!」
登場回数が少ないので、必死にアピールするゴールデンレトリバーのルーサです。
「帰ったら、散歩行くぞ、ルーサ」
左京は苦笑いして、ルーサに媚を売りました。家族で一番序列が下なので、仕方がないのです。
「違う!」
図星を突かれたので、再び血の涙を流して否定する左京です。
「左京さん、お花をお願いしますね」
樹里が左京に花束を渡しました。まるで離婚会見のようだと思う地の文です。
「やめろー!」
眩暈を起こしながら、地の文に辛うじて切れる左京です。
「ワンワン!」
ルーサは、
『お前、忙しい奴だな』
まるでそう言っているかのように吠えました。
そして、いつものように樹里は何事もなく五反田邸に到着しました。
「では樹里様、お帰りの時にまた」
眼鏡男達は敬礼して去りました。
「ありがとうございました」
樹里は深々とお辞儀をしました。
「樹里さーん!」
そこへ忍者の目黒弥生が走ってきました。
「違うわよ! シリーズを間違えるなんて、もう引退でしょ!」
信長公記と激しく混同している地の文に弥生が突っ込みました。
申し訳ありません。こちらでは、レッサーパンダの母親でしたね。
「まだそれを引っ張るの!? 私の息子は颯太! あっちは風太よ!」
しばらくぶりのボケをかました地の文に的確に突っ込む弥生です。
さすが、昭和生まれです。ベテランの味ですね。
「私は平成二年生まれよ!」
有栖川倫子と生年月日を間違えられた弥生は、地の文に激切れしました。
「キャビー、後で話があるから」
不意に弥生の背後に現れ、氷点下の声で告げる倫子です。
「誤解です!」
泣きべそを掻きながら、倫子に言い訳をする弥生です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開です。
「樹里さん、妊娠おめでとうございます。私達三人から、お祝いです」
そこへ苦笑いしながら、住み込み医師の黒川真理沙が眼鏡男達のものとは比べ物にならないくらいの立派な花束を持ってきました。
どこから盗んで来たのでしょうか?
「違います!」
つい地の文の策略に乗り、思わず突っ込んでしまう真理沙です。ドヤ顔でしてやったりの地の文です。
「ありがとうございます、ドロントさん、ヌートさん、キャビーさん」
樹里は涙ぐんでその盗品を受け取りました。
「盗品じゃないわよ!」
三人揃って地の文に突っ込むドロント一味です。
「だから、ドロント一味じゃありません!」
更に畳み掛けるように抗議する倫子と真理沙と弥生です。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず笑顔全開で応じました。
めでたし、めでたし。