樹里ちゃん、バイトを掛け持ちする
御徒町樹里はメイドでした。
今は「本物のメイドさんがいる居酒屋」というお店で厨房と接客のアルバイトをしています。
彼女のおかげでその居酒屋は地域一番店になり、似たような店がたくさんできては潰れました。
本当のメイドはそう簡単には見つからず、偽者を使って客を呼ぼうとした浅ましさはすぐに見抜かれてしまいました。
メイドマニアをなめてはいけないのです。
ある日、樹里は店長に呼ばれました。
「昼間も働けませんか?」
「はい、大丈夫です」
樹里はどういう仕事なのかも確認せずに返事をしました。
「お前は無用心過ぎる! もっと慎重に仕事を選べ!」
警視庁の杉下左京警部に叱られたのを思い出した樹里は、店長に尋ねました。
「どんなお仕事ですか?」
「メイドさんのいる喫茶店だよ」
「そうなんですか」
樹里はニッコリとして言いました。
こうして、樹里は喫茶店でも働く事になりました。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
昭和の香りが漂う喫茶店です。
でも、樹里が本物のメイドだという事は知れ渡っていたので、居酒屋にはいけない人達が訪れました。
「ご注文はお決まりですか?」
樹里がある席に行くと、そこには左京と神戸蘭警部がいました。
「何だ、ここでも働いてるのか?」
「はい」
気のせいかも知れませんが、神戸警部が樹里を睨んでいるようです。
「俺はコーヒー」
「じゃあ、私もコーヒー」
突然神戸警部は左京の隣に移り、ベッタリと張り付きました。
「わかりました。ご注文を繰り返します。コーヒーがお二つで」
「急がなくていいわよ、ちょっとこうしていたいから」
「おい、蘭!」
左京は嫌がっていました。でも神戸警部は離れません。
「……」
樹里はモヤモヤしながら注文をマスターに伝えました。
「お客様、お急ぎでないそうです」
樹里は二人の様子が気になって、遠くから見てしまいました。
まだ神戸警部は左京に張り付いていました。
「……」
樹里にはモヤモヤの原因がわかりませんでした。
やがて喫茶店の仕事を終え、樹里は居酒屋に行きました。
その時、携帯が鳴ります。左京からでした。
「今どこだ?」
「これから居酒屋に行くところです」
「そうか。さっきの事、誤解するなよ」
「喫茶店は一階ですよ、杉下さん」
「そういうボケはいらん!」
樹里はボケたつもりはありません。
「とにかく、また会って話そう。蘭とは何でもないんだから」
「はい、わかりました」
樹里はどうして左京がそんな事をわざわざ言って来たのかわかりません。
でも、モヤモヤはなくなりました。不思議です。
「私、もしかして……」
樹里は携帯をしまいながら思いました。
「花粉症?」
左京がいたら、昭和並みのこけ方をした事でしょう。