樹里ちゃん、左京に真相を語る
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、ホラー映画と歴史ドラマの主役を張るママ女優でもあります。
ホラー映画の「魔名手 第二章 壇野浦美代誕生」の舞台挨拶で、突然、「秋に引退」を発表した樹里です。
その事に何よりも驚いたのは、不甲斐ない夫で有名な杉下左京でした。
「有名じゃねえよ!」
話を盛った地の文に切れる左京です。どうやら、不甲斐ないのは自覚しているようです。
「ううう……」
急所を突かれた左京は、なす術もなく項垂れました。してやったりの地の文です。
左京は、樹里が自分の仕出かした不倫が原因で芸能界を去らなければならないのを知り、愕然としたのでした。
「だから、不倫はしてねえよ!」
血の涙を浮かべて切れる左京です。どうしてもそれだけは認めたくないようです。
それを認めると、離婚裁判で不利になるからのようです。
「り、離婚裁判なんてしないぞ!」
動揺が隠し切れず、狼狽えまくって呂律が回らない状態の左京です。
そうですね。勝ち目がないので、雀の涙の示談金だけもらって離婚をするのでしたね。
「だから、離婚はしねえよ!」
滝のような血の涙を流し、貧血と戦いながら地の文に切れる左京です。今日はいつもよりセリフが多いので大満足です。
「くうう……」
本音の深いところを鋭く抉られた左京は、何も言い返せませんでした。
左京は、メディアの記者達が自宅に押しかけたので、樹里の会見の内容を知りました。
事前に樹里から、引退について相談されていなかったのです。
(樹里、何故何も言ってくれなかったんだ?)
その事を非常に悲しく思っている左京です。
左京に前もって引退の話をしていたら、顔に出まくり、すぐに誰かに話してしまいそうなので、相談しなくて正解だったと思う地の文です。
更に痛いところを突かれ、四つん這いになってしまう左京です。
「どうしたんですか、左京さん?」
早朝から、洗面所で一人で意味不明な行動をとっている左京に樹里が心配そうな顔で声をかけました。
左京は仕事から帰ってきた樹里に引退の話を聞く事ができず、樹里が話をしようとすると、
「寝る」
そう言って、サッサと寝てしまったヘタレなのです。
「ひいい!」
ですから、樹里に背後からいきなり声をかけられたので、飛び上がって驚きました。
「左京さん、申し訳ありませんでした」
樹里は深々と頭を下げ、謝罪しました。Bさんもこれくらい潔く謝ったらよかったのにと思う地の文です。
「あ、いや、その……」
自分が心の中で思っている事を見抜かれた気がした左京は、パニック状態に陥りそうになりました。
「女優を引退するなどという重大な事を左京さんに何の相談もなく決めてしまって……」
樹里は真顔で、目に涙まで浮かべています。
「どうしたの、ママ?」
そこへ長女の瑠里と次女の冴里が来ました。そして、ママが泣いているのに気づき、すぐに「犯人」が誰かわかったので、
「パパ、ママをなかしたでしょ!」
まずは瑠里が左京を仁王立ちで睨みつけました。
「なかしたでしょ!」
事情を全く飲み込めていない冴里も、お姉ちゃんと同じポーズで左京を見ました。
「え?」
娘達が自分を鋭い目で見ているので、左京は心臓が止まりそうになりました。
止まればよかったのにと思う地の文です。
「うるさい!」
真剣な場面でも容赦なくボケる地の文に切れる左京です。
「違うのよ、瑠里、冴里。貴女達は顔を洗って、朝ごはんをすませなさい」
樹里は涙を拭いながら、笑顔全開で告げました。
「はあい」
瑠里と冴里はママが怒るとすごく怖いのを肌身に染みて理解しているので、すぐに承知し、ササッと顔を洗うと、キッチンに行きました。
「いや、その事は仕方ないよ。元はと言えば、俺のせいなんだから」
左京はあまりにもバツが悪いので、苦笑いをし、頭を掻きながら言いました。
「ありがとうございます、左京さん」
樹里がポロッと右目から一粒涙を零して言ったので、
「樹里!」
感動のあまり、樹里を押し倒してしまう左京です。
「違う!」
捏造を繰り返す地の文に切れる左京です。今日は左京が一番セリフが多いと思う地の文です。
左京は樹里をギュッと抱きしめました。すると樹里は、
「左京さん、ちょっとやめてください」
遂に本音を言いました。
「え?」
衝撃のあまり、樹里から離れる左京です。頭の中が真っ白になり、目も虚ろです。
すると樹里は笑顔全開で、
「あまり強く抱きしめられると、困るんです」
謎の言葉を続けました。
「は?」
何が何だかわからず、キョトンとしてしまう左京です。バカだから仕方がないと思う地の文です。
「更にうるさい!」
しつこくボケる地の文にしつこく切れる左京です。
「引退の事は本当に申し訳ないと思っていますが、仕方がなかったのです」
樹里は左京に近づき、彼の両手を自分の両手で包み込むようにしました。
「え?」
結婚して五年以上経つのに、樹里に手を握られて顔を赤らめる中学生みたいな左京です。
「ほら」
樹里は左京の手を自分のお腹に持っていきました。
「私達の三番目の娘がこの中にいるのですよ」
樹里からのメガトン級の爆弾発言を聞き、
「そうなんですか」
樹里の口癖で応じるのが今はこれが精一杯の左京です。
「それがわかったのが、映画館のトイレだったのです」
その時、妊娠検査薬を使った樹里なのでした。
「俺達の娘が、この中に……」
左京はようやく事情が飲み込めてきたのか、目に涙を浮かべて樹里のお腹をさすりました。そして、
「俺達の娘ってどうしてわかったんだ?」
改めて詳細を問い質す左京ですが、樹里は笑顔全開で、
「御徒町の家系には、女しか生まれないからですよ」
「そうでしたね」
改めて深い業を感じてしまう左京でした。
めでたし、めでたし。




