樹里ちゃん、ホラー映画第二弾の舞台挨拶にゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、ホラー映画と歴史ドラマを掛け持ちしてしまうスーパーママ女優でもあります。
「では、行ってきますね、左京さん、瑠里、冴里」
樹里は笑顔全開で告げました。
「いってらっしゃい、ママ!」
「いてらしゃい、ママ!」
長女の瑠里と次女の冴里は何も知らないので笑顔全開で応じました。
「樹里、俺が一緒に行こうか?」
樹里がやばい人達に目をつけられたのを聞いた不甲斐ない元夫の杉下左京は真顔で尋ねました。
「こんな真剣な場面でボケをぶっ込むな!」
いつでもどこでもふざけるのが信条の地の文に全力で切れる左京です。
「大丈夫ですよ、左京さん」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で左京の申し出をあっさり断りました。
「そうなんですか」
思わず樹里の口癖で応じてしまう左京です。すると樹里は、
「私より、瑠里と冴里についていてください」
真顔で告げたので、左京は自分の馬鹿さ加減と思慮の浅さに項垂れました。
「そ、そうだな……」
五反田氏の愛娘の家庭教師をしている有栖川倫子は、自分の事を世界的大泥棒のドロントだとホラを吹く若干痛い人ですが、その倫子が言うには、樹里にちょっかいを出してきているのは、「世界犯罪者連盟」という謎の組織だというのです。
「ホラじゃなくて、本当の事よ!」
五反田邸の自分の部屋で誰もいない空間に向かって切れる倫子です。
恐らく、その傍らには、住み込み医師の黒川真理沙が呆れ顔で立っていると思う地の文です。
「気をつけてな」
左京は樹里を軽く抱きしめて耳元で言いました。
「はい、左京さん」
樹里は左京の唇にキスをして応じました。その不意打ちに左京は顔を真っ赤にしました。
「わーい、パパとママはあさからおあついぞ!」
どこで覚えてきたのか、瑠里が喜んで飛び跳ねました。
「わーい、わーい!」
冴里は意味もわからずに飛び跳ねています。
「樹里様と瑠里様と冴里様にはご機嫌麗しく」
前回は登場するなり地面に這いつくばるという惨めな姿を晒した昭和眼鏡男と愉快な仲間達が現れました。
「先日は申し訳ありませんでした」
樹里が深々と頭を下げると、眼鏡男は仰天して土下座をし、
「とんでもないです。こちらこそ、お役に立てずに申し訳ありませんでした」
本当にそう思っているのなら、潔くこのお話を降板するべきだと真剣に思う地の文です。
「くうう……」
痛いところをジャックナイフでえぐった上に粗塩を擦り付けるような事を言い放った地の文の仕打ちにぐうの音も出ない程打ちひしがれる眼鏡男達です。
「あんた達、悪い事は言わない。俺達に関わるのはよせ。本当に命を落とす事になるぞ」
左京が地面に四つん這いになっている眼鏡男の肩に手をかけて言いました。すると眼鏡男は、
「樹里様のために命を落とすのなら、それはそれで本望です」
強い眼差しを左京に向け、力強く言い放ちました。
「おい……」
そのあまりにもまっすぐな眼鏡男達の思いに左京は、
(相変わらず気持ち悪い連中だな)
心の中ではそう思いましたが、
「ありがとう。だが、気持ちだけでいいよ」
微笑んで眼鏡男の肩をポンポンと叩きました。そして、
「はっ!」
焦って、彼らと共に周囲を見渡すと、樹里の姿はすでになく、
「ママはおくるまがおむかえにきていったよ」
呆れ顔の瑠里が告げました。冴里はまだ喜んで飛び跳ねています。
「そうなんですか」
左京と眼鏡男達は、異口同音に樹里の口癖で応じました。
今日は、樹里は主演映画である「魔名手 第二章 壇野浦美代誕生」の舞台挨拶の日です。
樹里は何事もなく、映画館のスタッフ専用の入り口前に到着しました。
そこには、五反田氏の姿もありました。その周囲を取り囲むようにボディガードらしき黒いスーツの屈強そうな男性が立っています。
「樹里さん、有栖川先生から事情は聞いたよ。私もできる限りの事はするからね」
五反田氏は周囲を見回して言いました。
「ありがとうございます、旦那様」
樹里は笑顔全開で深々とお辞儀をしました。
「樹里さん、早く中へ」
プロデューサーの丸山秋男がドアを開いて声をかけました。
「そうなんですか」
緊迫した雰囲気の中、樹里は更に笑顔全開で応じました。
ボディガードの人達は、樹里の緊張感のなさに顔を引きつらせています。
「やっほー、樹里!」
そこへ「世界緊張感とは無縁選手権」連覇確実の松下なぎさがやって来ました。
更に顔が引きつるボディガードと、苦笑いする五反田氏です。
「おはようございます、なぎささん」
樹里は笑顔全開で挨拶しました。なぎさは樹里に近づいて真顔になり、
「樹里、変な人に狙われているの? 瑠里ちゃんと冴里ちゃんと乃里ちゃんは大丈夫なの?」
まだ生まれていない三女の事まで心配してくれました。
「大丈夫ですよ、左京さんが一緒ですから」
樹里は笑顔全開で応じました。するとなぎさも笑顔になり、
「そうなんだ。ならよかった」
二人はニコニコしながら、スタッフに誘導されて通路を進みました。
(乃里ちゃんて誰だろう?)
五反田氏はそれがとても気になりました。
樹里となぎさ、そして意地悪女優の貝力奈津芽、樹里の相手役を務めた俳優の外藤龍二がスクリーンの前に登場すると、場内から歓声と拍手が巻き起こりました。
「意地悪女優じゃないです!」
奈津芽の抗議を完全に無視する地の文です。
(御徒町樹里。今日でお前の女優生命は終わる)
観客席の一つに、どうやってもぐり込んだのか、世犯連のメンバーである野矢亜剛がいました。
さて、どうなる事でしょう?