樹里ちゃん、ドロントと久しぶりに対決する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、ホラー映画と歴史ドラマに主演しているママ女優でもあります。
樹里の家に、しばらくぶりに五反田氏の愛娘の麻耶の家庭教師である有栖川倫子から電話がありました。
「だから、私はドロント! 有栖川倫子なんて知りません!」
白々しい嘘を臆面もなく吐くまるで◯◯のような自称世界的大泥棒のドロントです。
「うるさいわね! 私はそこまで嘘吐きじゃないし、世界的大泥棒は紛れもない事実よ!」
比較論の度が過ぎる地の文に切れるドロントです。
そのドロントとの話を終えて、一息吐いていた樹里達のところへ、不甲斐ない夫の昔の浮気相手の今野敏子が、ドロント特捜班の管理官として現れました。
「う、浮気相手じゃねえよ!」
否定し切れない事実があるので、やや切れ方が弱い左京です。
「お姉ちゃんは、瑠里ちゃんのパパのフィアンセだったのよ」
樹里の長女の瑠里に「おばちゃん呼ばわり」された腹いせなのか、敏子はそんな事を言ってのけました。
「と、敏子ちゃん、それはあの……」
顔を引きつらせて左京が言いかけると、
「おはようございます、敏子さん。どうぞ、お上がりください」
樹里が笑顔全開で話がややこしくなりそうな事を言いました。
でも、樹里は嫉妬や怒りでそんな事を言ったのではないと断言する地の文です。
「いえ、これからドロント対策の会議を開きますので、今日はご挨拶だけにしておきます。また改めてお邪魔しますので」
敏子はフッと笑って告げました。
「そうなんですか」
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
樹里と瑠里、そして、次女の冴里は笑顔全開で応じました。
「……」
左京は無言の引きつり全開です。
(また来る事があるのかよ、敏子ちゃん……)
左京は眩暈がしそうです。
「では、失礼します」
敏子は一礼して、玄関を出て行きました。
「バイバイ、おばちゃん!」
瑠里と冴里の悪意のない「攻撃」に、玄関を出てから蹴躓いた敏子です。
「瑠里、冴里、女性に対して、『おばちゃん』はダメです。敏子さんと言いなさい」
樹里が真顔でお説教したので、
「はい、ママ」
瑠里と冴里は涙ぐんで応じました。ついでに左京も涙ぐみました。
(樹里、怖い……)
ビビる左京です。
そして、翌日の夜十一時十五分前です。
左京は、ドロントの予告を受け、東京都庁舎に来ていました。
「今はそれどころではないんですけどね」
ある都庁の職員が迷惑そうに言いました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
まさか、前回更新時には、あの都知事さんが辞任するとは夢にも思っていなかった作者です。
もっと粘って、泥沼になるのを期待していたので、拍子抜けした地の文です。
「左京、どうしてドロントの挑戦を受けたのよ!?」
鬼の形相で現れたのは、ドロント特捜班の班長に復帰してしまった左京の元カノの平井蘭です。
「それは今は無関係でしょ!」
過去をほじくり返した地の文に切れる蘭です。
「お手間をおかけ致します、樹里さん」
そこへ管理官の今野敏子が現れました。蘭は仕方なさそうにため息を吐き、
「持ち場に戻ります」
その場を逃げるように立ち去りました。どうやら、敏子が苦手のようです。
基本的に自分より若くて綺麗な女性が嫌いなのです。
「違うわよ!」
地の文の鋭い推理にわざわざ戻ってきて切れる蘭です。
「平井さん、持ち場に戻ってくださいませんか?」
敏子は目が全く笑っていない笑顔で告げました。いえ、命じました。
「はい!」
蘭は直立不動で応じ、すぐさま持ち場に走って行きました。
「樹里さんとドロントの因縁は、平井警部から報告を受けています。悉く、撃退しているそうですね」
敏子は微笑んで樹里を見ました。今度は目も笑っています。
「そうなんですか?」
樹里は首を傾げて応じました。樹里にはドロントと対決したという認識はないようです。
左京はそんな二人の間に挟まれ、またしても引きつり全開です。
敏子はフッと笑ってから、
「では、ドロントの狙いである『湯河原の女』がある場所に移動しましょうか」
左京と樹里を先導し、エレベーターホールへ行き、四十五階の南展望室に向かいました。
「ひいい!」
バカのくせに高いところが苦手な左京は、窓の外に見える東京の町並みを見てビビりました。
「うるせえ!」
正直に真実を語っただけの地の文に切れる左京です。
「これが『湯河原の女』です」
展望室の一角に縦三メートル横四メートルの巨大なキャンバスに描かれた油絵が飾られていました。
露天風呂から半身を出している裸の女性の絵です。かなり刺激的な構図だと思う地の文です。
「おお!」
根がスケベな左京は、早速鼻の下を伸ばしました。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開で応じました。
「はっ!」
敏子の軽蔑の眼差しと樹里の無垢な笑顔を感じた左京は、思わず目を逸らしましたが、その先には町並みが見える大きな窓があり、仕方なく足元を見ました。
「これほどの大きさの絵を、ドロントは一体どうやって盗むつもりなのでしょうか?」
左京は視界の端に女性の裸を少しだけ入れながら、敏子に言いました。
「さあ」
敏子の冷たい視線が身体に突き刺さるような気がする左京です。
「折り畳めば、小さくなりますよ」
樹里が笑顔全開で言いました。左京は嬉しそうに樹里を見ました。
「なるほど、さすが名探偵ですね、樹里さん」
敏子はニヤリとして言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。そして、
「そうやって持ち出すのですよね、ドロントさん」
笑顔を封印して、敏子を見ました。
「え?」
樹里の異変にキョトンとする左京でしたが、
「まさか、敏子ちゃんが貧乳?」
仰天して敏子を見ました。すると敏子はバッと飛び退いて、正体を現しました。
「どうしてわかったの、樹里さん?」
ドロントは敏子の扮装を床に投げ出して尋ねました。すると樹里は、
「昨日、敏子さんがウチに来た時と、匂いが違ったのです。だからですよ、有栖川先生」
また笑顔全開で言いました。
「だから、私はドロント! 有栖川先生なんて、知りません!」
しつこく「有栖川先生ボケ」をかましてくる樹里に切れるドロントです。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開で応じました。
「本物の敏子ちゃんはどこだ、貧乳!?」
左京が語気を荒らげて言いました。するとドロントはニヤリとして、
「あーら、かつてのフィアンセの事が心配なの?」
「フィ、フィアンセじゃねえよ!」
嫌な汗を滝のように掻いて否定する左京です。
「今頃、警視庁の女子トイレで貴方との結婚式の夢でも見ているんじゃないかしら?」
ドロントは愉快そうにそう言うと、煙幕を放って消えてしまいました。
「くそう、逃げられたか!」
左京は煙が消えた展望室を見渡して舌打ちしました。
「大丈夫ですよ、左京さん」
樹里が笑顔全開で言いました。
「え? どうしてだ、樹里?」
左京はまたキョトンとして尋ねました。すると樹里は、
「明日、五反田邸でまた有栖川先生に会えますから」
「私は有栖川倫子じゃありません!」
どこかからドロントの叫び声が聞こえました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開ですが、左京は引きつり全開です。
めでたし、めでたし。