樹里ちゃん、花見をする
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
そして、今や、某公共放送の歴史ドラマの主演を張り、ホラー映画の第二弾の主演もしてしまう大女優でもあります。
今日は、樹里が勤める五反田邸のお花見の日です。
よって、昭和眼鏡男達の珍騒動や保育所の男性職員の皆さんの変態行為は一切登場しません。
「何故ですか!?」
呉越同舟で猛抗議をする眼鏡男達と男性職員の皆さんですが、けんもほろろの地の文です。
そもそも、今日は日曜日なので、保育所はお休みだと思う地の文です。
「そうなんですか」
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
それでも、樹里と長女の瑠里と次女の冴里は笑顔全開です。
「ううう……」
お供の猿は項垂れ全開です。
「それはシリーズが別だろ!」
お話を間違えてボケた地の文に切れる不甲斐ない夫の杉下左京です。
五反田邸のお花見は家族全員が招待されるので、いつもは出入り禁止の左京も入る事ができました。
「出入り禁止じゃねえよ!」
地の文のお花見ジョークに本気で切れてしまう風情も何もない左京です。
「風情なんか関係ねえだろ!」
更に切れる左京です。いつもよりセリフが多めなので、張り切っているようです。
「ううう……」
結局、地の文に弄ばれたと気づき、項垂れる左京です。
一般的に、お花見と言えば、すぐに思い浮かぶのが、上野恩賜公園や目黒川や桜坂ですが、五反田邸はその広大な敷地内に数百メートルの桜並木が存在しています。
「そうなんですか」
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
それでも樹里と瑠里と冴里は笑顔全開で応じました。
ですから、どこかに出かける事なく、その場でお花見ができるのです。
「樹里さん、おはようございます。瑠里ちゃん、冴里ちゃん、おはよう」
早速、エロメイドが登場しました。
「エロメイドじゃないわよ!」
もう一人のメイドの目黒弥生が、鉄板ネタをぶち込んだ地の文に切れました。
ここまではルーティンです。
「誰が五郎丸歩だ!」
更に鉄板ネタで切れる弥生です。さすが、このお話のベテラン出演者です。
「ううう……」
いつも通りに地の文に弄られた弥生はがっくりと項垂れました。
「おはようございます、弥生さん」
樹里は笑顔全開で名前ボケをする事なく挨拶しました。
「おはよう、やよいたん!」
瑠里は元気全開で挨拶しました。
「おはよ、きゃびーたん!」
すると突然、冴里が名前ボケをぶち込んできたので、不意を突かれた弥生は仰け反って倒れてしまいました。
五反田邸には、およそ六百種類の桜が植栽されており、かなりの長期間、お花見をする事ができますが、その多くはソメイヨシノですので、三月下旬から四月上旬は見頃です。
「樹里さん、おはよう」
中学三年生になり、すっかり大人っぽくなり、美人になった五反田氏の愛娘の麻耶が、父親の五反田氏も認めた仲のボーイフレンドの市川はじめと共に現れました。
「おはようございます、麻耶様、はじめ君」
樹里は笑顔全開で応じました。
「お、おはようございます」
はじめは顔を赤らめて応じました。
「はじめ君、樹里さんに見とれないでよね! 人妻なんだから!」
麻耶はそんなはじめを見てプリプリして言いました。
「ち、違うよ、そんな事ないよ!」
嫌な汗を大量に掻き、焦りまくって言い訳するはじめです。
「じゃあね、樹里さん」
麻耶ははじめを引きずるようにして去ってしまいました。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。
一方、左京は瑠里と冴里を連れ、露店が立ち並んでいるコーナーに来ていました。
「お、金魚すくいか。瑠里、やってみるか?」
左京が言いました。瑠里は笑顔全開で、
「うん、やる!」
すると冴里も、
「さーたんもやる!」
お姉ちゃんに対抗意識剥き出しで言いました。左京は苦笑いして、
「じゃあ、ポイを二人分、頼むよ」
そう言って店主の顔を見ると、いつか樹里が金魚を全部すくって追い詰めたオヤジでした。
でも、人の顔を忘れる名人の左京は覚えていません。
(ゲッ! この男、あの金魚すくいのプロの姉ちゃんの連れじゃねえか!)
一瞬、顔が引きつるオヤジですが、樹里の姿がないので、ホッとしました。
(こんなガキ二人なら、一匹もすくえずに終わるか)
そう高を括ったオヤジでしたが、
「ギエッ!」
ハッとして見ると、瑠里と冴里が樹里に負けないくらい金魚をすくっているのに気づきました。
「ママ、きんぎょ、いっぱいとれたよ! かっていい?」
瑠里と冴里が樹里に嬉しそうに尋ねると、樹里は笑顔全開で、
「ウチにはルーサがいますから、ダメです。おじさんに返しなさい」
瑠里と冴里は涙ぐみましたが、ママの言う事は絶対なので、
「はい」
しょんぼりして、金魚を水槽に戻しました。
「ありがとうございました」
樹里は笑顔全開でお礼を言いました。
「ま、毎度あり……」
オヤジは意外な展開に顔を引きつらせたままで応じました。
「やっほー、樹里!」
そこへ、愛息の海流を乗せたベビーカーを押して、松下なぎさが現れました。
「おはようございます、なぎささん」
「おはよう、なぎたん!」
「おはよ、なぎたん!」
樹里と瑠里と冴里は笑顔全開で挨拶しました。
「あ、金魚すくいだ! 私もやる!」
言うが早いか、なぎさはベビーカーを樹里に預けて、早速ポイを持ち、臨戦態勢です。
「おりゃあ!」
ところが、すぐにポイは破けてしまいました。
「残念だったね、お姉ちゃん」
オヤジが嬉しそうに言うと、なぎさは、
「勝負はこれからだよ、おじいちゃん」
ニヤリとして告げ、穴が開いているはずのポイで次々と金魚を救い始めました。
「ひいい!」
オヤジは卒倒しそうです。
(赤字だ、赤字だ、大赤字だあ!)
心の中で絶叫し、ない髪の毛を掻き毟るオヤジです。
「そうなんですか」
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
それでも樹里と瑠里と冴里は笑顔全開です。
めでたし、めでたし。