樹里ちゃん、危機一髪?
俺は杉下左京。警視庁の敏腕警部だ。
今日は、人身売買組織の窓口になっているらしい風俗店に強制捜査に入る。
看板はメイド喫茶だが、裏では売春も斡旋しているらしい。
しかも、風営法にも触れている。
突破口としては、風営法違反。
そして容疑者を締め上げ、あ、いや、問い質し、人身売買の組織とそのルートを解明する。
「よし、行くぞ、亀島、蘭」
俺は特捜班のメンバーである亀島馨と神戸蘭に声をかけた。
「ええ」
蘭はすぐさま反応したが、亀島は何故か机から離れない。
「どうした、亀島? 具合でも悪いのか?」
「あ、その、ちょっと嫌な事がありまして」
嫌な事だと?
そんな事を言えば、俺は毎日お前に会うという嫌な事を経験しているんだぞ!
しかし言えない。それではパワーハラスメントになってしまう。
「つまらん事を言うな! 行くぞ」
「でも、杉下さんもショックを受けると思いますよ」
「何の事だ?」
俺は意味がわからず、亀島に詰め寄った。
「と、とにかく、行けばわかりますよ」
亀島は自棄を起こしたように立ち上がると、先に部屋を出て行った。
俺達はまもなくメイド喫茶に着いた。
「警察だ。そのままで動くな」
一気に飛び込む。万が一に備えて銃も携帯しているのだ。
「キャアアア!」
うお、もの凄い格好の女の子が出て来たぞ。
「あんた達はここ!」
蘭が事務所から従業員を追い出し、女の子達を押し込む。
「何なのよ、あの格好。水着だってもっと肌が隠れているわ」
蘭は忌ま忌ましそうに毒づいた。
確かにそうだが、蘭の僻みも加わっている。
あいつは若い女の子が大嫌いなのだ。
「良かった」
亀島がそう呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「良かったってどういう事だ、亀島?」
「え? そんな事言ってませんよ」
もの凄い汗が額から流れているのに、まだシラを切る亀島。
「確かに言ったわ。私も聞いたから」
蘭まで参戦し、亀島は追いつめられた。
「おい、隠すとためにならんぞ」
まるで容疑者扱いだ。亀島は壁に追いつめられ、観念したようだ。
「その、御徒町さんがいたんです」
「えっ?」
俺と蘭は仰天した。いた? 樹里が?
「何でそんな事を知っている?」
俺は亀島の襟首を掴んだ。
「こ、この前、この店に来たからです」
「……」
俺は呆れた。蘭は完全に亀島を軽蔑の目で見ている。
「その時、御徒町さんが僕についたんです」
それは聞き捨てならなかった。
「お前、まさか!」
俺はもう少しで亀島を絞め殺してしまいそうだった。
「やめなさいよ、左京!」
蘭が止めに入り、俺は亀島を放した。
「何もしてませんよ。まさかあの人がこんなところにいるなんて思いませんでしたから、本当に驚いて、すぐに帰ったんです」
亀島は項垂れて言った。
なるほど。それでここに来たくなくて、あんな事を言っていたのか。
ガキめ。刑事失格だ。しかし、俺は大人だ。
「亀島」
亀島は俺の声にビクッとし、
「は、はい」
「今度潜入捜査をする時は、前もって俺に言え」
俺の温情だ。そうしないと、こいつは始末書ではすまなくなってしまう。
「あ、ありがとうございます」
返事としては正しいのだが、端で見ている蘭には奇妙な会話に見えただろう。
こうして捜査は無事終了し、従業員達の証言から売春と人身売買の実態がわかって来た。
全部まとめて片づけてやるぞ。
それよりもだ。あいつ、ホントに危なっかしい。
もう少し、仕事を選ばないといけない。
この前だって、何も知らずにキャバクラ勤めてたんだから。
そうならないように、説教しなければ。
俺は樹里の携帯に連絡した。
出ない。何してるんだ、こんな時間に!? もう夜の十一時だぞ。
俺は知らなかった。
樹里がその時間は居酒屋で「樹里ちゃんスペシャル」を作っているなんて。




