樹里ちゃん、某公共放送のオファーを受ける
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、七百八の資格を持つ資格マニアでもあります。
でも、決して山形出身ではありません。
「では、行ってきますね、左京さん、瑠里、冴里」
樹里は今日も笑顔全開で出勤します。
「行ってらっしゃい」
何故か笑顔全開の不甲斐ない夫の代表格の左京です。
「代表格じゃねえよ!」
控えめに称賛した地の文に理不尽に切れる左京です。
「誉めてねえし、控えめでもねえし!」
更にイチャモンをつける左京です。世の中の動きが「不倫ダメ、絶対!」に傾いているのが気に食わないようです。
「そんな事はない!」
やや狼狽え気味に異を唱える左京です。身に覚えがあるからでしょうか?
「身に覚えなんかねえよ!」
地の文の鋭い指摘に遠い目をしてまるで某衆議院議員のような顔で切れる左京です。
「だからその例えはやめろ!」
ミスターゲスの座をあっさり奪ったその人に例えられたので、激ギレする左京です。
左京はとうとう力尽きて、へたり込みました。年には勝てないようです。
「ママ、いってらっしゃい!」
元気全開笑顔全開で言う長女の瑠里です。
「ママ、いてらしゃい!」
お姉ちゃんに負けじと元気に告げる次女の冴里です。
「樹里様と瑠里様と冴里様にはご機嫌麗しく」
そこへ性懲りもなく現れる昭和眼鏡男と愉快な仲間達です。
「おはようございます」
「おはよう、たいちょう!」
「おはよ、たいちょ!」
笑顔全開の三重奏を拝み事ができ、いつ死んでもいいと思う眼鏡男達です。
(確かにありがたい事だが、命まで差し出したくはない)
心の中でつい本音を零した眼鏡男です。それをしっかり公表する地の文です。
「公表しないでください!」
血の涙を流して地の文に抗議する眼鏡男です。
「はっ!」
我に返ると、大方の予想通り、樹里はすでにJR水道橋駅に向かって歩き出していました。
左京も瑠里と冴里を伴って、保育所に向かっています。
「ワンワン!」
お前ら、学習能力ないのかよ、とゴールデンレトリバーのルーサがケージの中から眼鏡男達を嘲笑いました。
「ううう……」
眼鏡男達は屈辱に堪えようと身体を震わせました。
(そうは思っても、樹里様と瑠里様と冴里様の放置プレーは感動的だ)
どこまでも変態道を突き進む眼鏡男達です。
そして、いつものように、何事もなく樹里は五反田邸に到着しました。
「稲垣琉衣の親衛隊の襲撃は鳴りをひそめましたが、我々はしばらく最大の警戒体制で臨みます」
眼鏡男達は敬礼して去りました。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開で応じました。
「樹里さーん!」
そこへ元泥棒のキャビーが走ってきました。
「いきなりそれかよ!」
昔の職業と名前を思い出させてくれた親切な地の文に何故か切れるもう一人のメイドの目黒弥生です。
「どの辺が親切なのよ!」
更に地の文に切れる弥生ですが、
「おはようございます、弥生さん」
何事もなかったかのように笑顔全開で挨拶する樹里に顔を引きつらせました。
「樹里さん、今日はNTKの方がお見えになるそうです」
弥生は何故かソワソワして言いました。おしっこが漏れそうなのでしょうか?
「違います! セクハラよ、そういうのって!」
地の文のちょっとしたモーニングジョークにも本気で切れる心の狭い弥生です。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開で落ち着いて応じたので、弥生は苦笑いしてから、
「もしかして、ドラマの出演のオファーじゃないですか?」
興味津々の顔で言いました。
「タイトルにそうありましたから、そうだと思いますよ」
樹里は笑顔全開で掟破りの事を言いました。また顔を引きつらせる弥生です。
(樹里ちゃん自体が掟破りだと思う……)
それは正解だと思う地の文です。
樹里は着替えをすませると、弥生と掃除を開始し、更に洗濯と炊事をすませました。
そして、庭掃除を半分すませて、警備員さん達と東屋でお茶をしていると、黒塗りの高級車が玄関の車寄せに入ってきました。
「樹里さん、来たみたいですよ」
それに気づいた弥生が樹里に囁きました。
「そうなんですか」
樹里は弥生の耳元で応じました。
「ああん」
耳が感じやすい弥生は妙な声を出してしまいました。
「うるさいわね!」
実況中継をしただけの地の文に切れる弥生です。
「いらっしゃいませ」
樹里と弥生は素早く高級車に近づいてお辞儀をしました。
「御徒町樹里さんですね。私、NTKの方から参りました」
偽物の消火器を売りに来た人みたいな事を言う詐欺師です。
「違います!」
鋭い指摘をしたはずの地の文に抗議する詐欺師です。
「だから詐欺師から離れろ!」
NTKの人はからかうのが大好きな地の文に更に切れました。
「弊社の看板番組である日曜八時の歴史ドラマのチーフプロデューサーを務めます、丹東斜男です」
そのプロデューサーは名刺を樹里に差し出しました。
「たんとうしゃおとこさんですか?」
全く悪気なく、読み間違える樹里です。もはや伝統芸能の域に達していると思う地の文です。
「いえ、たんとうはすお、です!」
今まで、数限りなく読み間違えられてきた丹東は、力の限り否定しました。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
(心が折れそうだが、御徒町さんは凄い数字を持っている方だから、ここは堪える!)
自分を叱咤する丹東です。
丹東はいつも通り、応接間に通され、紅茶を出されました。
「実はですね、来年の歴史ドラマの主役を只今探しておりまして」
丹東が切り出すと、
「ええ!?」
樹里より反応してしまう実は出たがりの弥生です。もしかすると、本当の名字は三宅かも知れないと思うひょう◯ん族が好きな地の文です。
「激動の時代を生きた明治の女性の一代記を描く予定なのです」
丹東は顔が近過ぎる弥生を押し退けるように樹里に言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「その女性の事を調べているうちに、わかった事がありまして、樹里さんに会いに来ました」
丹東はとうとう弥生を跳ね飛ばして、樹里の両手を自分の両手で包み込むようにして言いました。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開なので、丹東は顔を引きつらせましたが、何とか、
「その女性が、樹里さんの高祖母の方だったので、何としても、樹里さんに演じていただきたいのです」
その話を聞き、弥生は仰天しましたが、
「いいですよ」
あっさり承諾する樹里です。
「そうなんですか」
全然驚いてくれない樹里に思わず樹里の口癖で応じてしまう丹東です。
めでたし、めでたし。