樹里ちゃん、上から目線作家に付き添う
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、ホラー映画の幽霊役をやり切ったママ女優でもあります。
「行ってらっしゃい、左京さん」
いつもと違い、不甲斐ない夫を笑顔全開で送り出す樹里です。
「行ってきます」
顔を引きつらせて応じる杉下左京です。
「いってきます、ママ!」
長女の瑠里が元気いっぱいで言いました。
「いてきます、ママ!」
次女の冴里も、お姉ちゃんに負けないくらい元気いっぱいに言いました。
「行ってらっしゃい、瑠里、冴里」
樹里は笑顔全開で応じました。
「樹里、俺が車で送るから、戻るまで待っていてくれないか?」
泣きそうな顔で懇願する左京ですが、
「大丈夫ですよ、左京さん」
樹里は笑顔全開で無情な事を言いました。
とうとう離婚届を出されてしまうようです。
「違う!」
憶測を重ねる地の文に切れる左京です。
今日は、樹里は上から目線作家の大村美紗に頼まれて、娘のもみじの恋人である内田京太郎の訪問に立ち会う事になっているのです。
前回、地の文のボケを悉く退けて乗り切ってしまった美紗にリベンジを誓う地の文です。
「ううう……」
樹里に優しく拒否されてしまった左京は、項垂れたままで、瑠里と冴里を連れて、保育所に向かいました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開でそれを見送ると、新居に戻りました。
「ワンワン!」
ゴールデンレトリバーのルーサが元気よくごはんアピールをしました。
「今用意しますよ、ルーサ」
樹里は笑顔全開でドッグフードをルーサ専用の容器に入れました。
でも通常の三倍の早さでは食べないルーサです。
次に樹里はキッチンに行き、朝食の後片付けです。
稼ぎが少ないくせに家事を一切しない左京のせいで、樹里の負担が増えていると思う地の文です。
「いつもは俺が後片付けをしているんだよ!」
保育所まであともう少しのところにいる左京が、捏造を繰り返す地の文に切れました。
「そうなんですか」
樹里は食器を洗いながら、笑顔全開で応じました。
そして、樹里は着替えをすませ、出かけます。
「ワンワン!」
ルーサが樹里を見送りました。
「行ってきますね、ルーサ」
樹里は笑顔全開で応じました。
「樹里様にはご機嫌麗しく」
そこへ抜け目なく登場する昭和眼鏡男と愉快な仲間達です。
瑠里と冴里の姿がないので、瑠里命の親衛隊員と新たに現れた冴里命の親衛隊員はこっそりとがっかりしました。
危ない人達が増加中だと思う地の文です。
「そのような事はありません!」
瑠里派と冴里派の親衛隊員は、率直な意見を述べた地の文に抗議しました。
「はっ!」
我に返ると、大方の予想通り、樹里は眼鏡男と他の親衛隊員達と共にJR水道橋駅に向かっていました。
「樹里様ー!」
慌てて追いかけるロリコン隊員です。
「断じてロリコンではありません!」
動揺しながらも、地の文に猛抗議する瑠里派と冴里派の親衛隊員です。
「はっ!」
そんな事をしていたせいで、また樹里達に置いて行かれてしまうバカ者二人です。
そして、例の如く、樹里は何事もなく美紗の邸の前に着きました。
「では樹里様、お帰りの時にまた」
眼鏡男達は敬礼して立ち去りました。
「ありがとうございました」
樹里は深々とお辞儀をして眼鏡男達を見送ってから、門扉に備え付けられたインターフォンのボタンを押しました。
「お待ちしていました。どうぞ、お入りください」
もみじの声が応じました。すると、
「樹里さん、まさかあの子は来ていないわよね?」
不安そうな美紗の声が聞こえました。
「私一人ですよ」
樹里は笑顔全開で応じました。
「そう。それならよかったわ。中に入ってくださいな」
美紗の声が聞こえ、門扉の鍵が解除されました。
樹里は扉を押し開けて、庭に入りました。
「いらっしゃい、樹里さん」
ドアを押し開いて、美紗がいつものように上から目線で登場しました。
顔もいつも通りの魔女そのものです。
「確かに貴女一人ね。さあ、どうぞ」
美紗は樹里の後ろを見回してから、彼女を家の中に招き入れました。
美紗が無反応なので、前回のトラウマが甦り、涙が出そうになる女の子ではない地の文です。
「失礼致します」
樹里は笑顔全開で中に入りました。美紗は更に周囲を見渡してから、バタンとドアを閉じました。
そして、ドアをロックし、続いてリモコンで門扉もロックしました。
(お母様ったら、なぎさお姉ちゃんを警戒しているのね……)
母親の奇行を悲しそうに見ているもみじです。
(結婚するまでには、何としても仲直りしてもらわないと)
もみじは小さくガッツポーズしました。
美紗は樹里を居間に通しました。
「今日はありがとう、樹里さん。まずはお茶を飲んで、寛いで」
美紗は精一杯の笑顔で樹里に告げると、紅茶を淹れました。
「ありがとうございます」
樹里はカップを受け取ると、二人がけのソファに座りました。
「樹里さん、本当にありがとうございます。私達の結婚を機会に、母となぎさお姉ちゃんの仲を修復したいと思っていますので、お力添えください」
もみじは美紗に聞こえないように樹里に告げました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。その時、インターフォンが鳴りました。
「京太郎さんだわ!」
もみじが嬉しそうに居間を出て行きました。
「待って、もみじ! 私が出迎えるわ」
上機嫌ですが、どこか不安な美紗が慌ててもみじを追いかけました。
「内田京太郎です」
インターフォン越しに京太郎の澄んだ声が聞こえました。
「どうぞ、お入りくださいな」
美紗は何故か顔を上気させて応じ、ロックを解除しました。そして次に、ドアのロックを解除し、勢いよく開け放ちました。
「やっほー、叔母様! 来たよー!」
そこには何故か、京太郎の他に姪の松下なぎさが、愛息である海流を抱いて立っていました。
「ひいい! なぎさ、なぎさ……」
途端に引きつけを起こす美紗です。もみじはあまりの事に声も出ません。
「一人で来るのが不安で、なぎささんに付き添ってもらいました」
恥ずかしそうに告げる京太郎です。
(京太郎さんになぎさお姉ちゃんとお母様の事を話していなかった私がバカだった……)
もみじはがっくりと項垂れました。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず笑顔全開です。
めでたし、めでたし。