樹里ちゃん、居酒屋で働く
御徒町樹里はメイドでした。
しかし、雇い主の五反田六郎氏が渡米したので、失業中です。
一度メイド喫茶に勤めましたが、そこはクビになってしまいました。
樹里はまた募集広告を見て、ある店の面接に行く事になりました。そこは居酒屋でした。
そして面接日です。いつものやり取りがあります。
「御徒町樹里さんですか?」
店長が尋ねます。
「はい、多分」
いつもの樹里全開です。店長はイラッとして、
「今まで、どんなところで働いていたの?」
「履歴書に書いてありますが」
店長はそれもそうだと履歴書の職歴欄を見ました。
(げ。五反田六郎の家だと? この女、ホラ吹きか?)
免許・資格の欄には、調理師、介護士、看護師、行政書士、宅地建物取引主任者と様々なものが書かれています。
(妄想癖があるのか?)
疑いの眼差しで樹里を見る店長です。
「料理ができるのですね?」
「はい」
笑顔で応じる樹里。店長は意地悪してやろうと思い、
「じゃあ、何か作って下さい」
「はい」
樹里は厨房に案内され、あり合せの材料で一品料理を作る事になりました。
「どうぞ」
一体どうすればそんな料理ができるのか、と眼を疑うようなものが店長の前に出されました。
「う、うまい!」
死ぬ前にこれを食べたい。そう思ってしまうほどおいしい料理です。
「採用です! 明日から来て下さい!」
店長は感動の涙を流して言いました。最初と大違いです。
「ありがとうございます」
樹里は笑顔で答えました。
「制服は後で渡すから、明日は私服で来て下さい」
「どんな服でも良いのでしょうか?」
店長はニッコリして、
「あまりケバケバしくなければいいですよ」
と答えました。
そして次の日です。
樹里はメイド服を持って現れました。
「これでもいいですか?」
店長はちょっとビックリしましたが、
「いいでしょう」
「ありがとうございます」
樹里はメイド服で仕事をしました。
手が足りなくなり、厨房だけでなく、注文にも出ました。
樹里のメイド姿はたちまち評判になり、お客が増え出しました。
そして、以前勤めていたキャバクラやメイド喫茶の客も、樹里が働いている事を聞きつけ、やって来ました。
「本物のメイドがいる居酒屋」は、樹里の笑顔と、その魔術のような料理で大繁盛です。
中でも店長お奨めの「樹里ちゃんスペシャル」は、前日までに予約を入れないと食べられません。
店長は天下を獲った気分でした。
ところが一年後の事です。
五反田六郎氏がアメリカから戻り、樹里を呼び戻しました。
店長は樹里を引き止めたかったのですが、五反田氏が相手ではどうする事もできません。
彼はガッカリし、店を閉める決意をしました。
その時、携帯が鳴りました。樹里からです。
「土曜日だけ、働かせて下さい」
店長は泣いてしまいました。
樹里も、居酒屋の仲間や、常連のお客さんと会えなくなるのが悲しくて、五反田氏に頼んだのです。
こうして、樹里は、五反田邸のメイドと、居酒屋のメイドを兼任する事になりました。
めでたし、めでたし。