樹里ちゃん、ホラー映画のクライマックスシーンの撮影に挑む(前編)
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、ホラー映画の幽霊役もこなすママ女優でもあります。
今日は、映画のクライマックスシーンの撮影の日です。
一年中がお休みの不甲斐ない夫の杉下左京も、ちょい役で出演する長女の瑠里と次女の冴里を連れて撮影所に来ています。
「一年中がお休みは言い過ぎだ!」
ほんの何日かの仕事があった事を此の期に及んで強調して地の文に切れる左京です。
「ううう!」
図星を突かれたので歯噛みして悔しがる左京です。
「そうなんですか」
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
それにも関わらず、樹里と瑠里と冴里は笑顔全開です。
すでに樹里達がスタジオにいるという事は、昭和眼鏡男と愉快な仲間達も、保育所の男性職員の皆さんも登場しないという事です。
「はっはっは、そうでもありませんよ」
何故かドヤ顔で現れる眼鏡男達です。意表を突かれて少しだけ残念な地の文です。
「我々も来ていますよ」
驚いた事に、保育所の男性職員の皆さんも現れました。
呉越同舟だと思う地の文です。
(こいつら、こんなところにまで現れやがって!)
敵意剥き出しの顔で互いを睨みつける眼鏡男達と男性職員の皆さんです。
「あっ!」
ハッと我に返る愚か者達です。アホな事をしているうちに、樹里達は撮影場所に移動してしまいました。
「樹里様!」
慌てて追いかけようとする眼鏡男達ですが、
「関係者以外立ち入り禁止です」
警備員さんに止められて万事休すです。
「では、失礼致します」
入構証を見せびらかしながら、悠々と奥に進む男性職員の皆さんです。
(おのれえ!)
地団駄を踏む眼鏡男達ですが、どうする事もできません。
「あれ?」
ところが、樹里達がどちらに行ったのかわからず、途方に暮れるバカ者達です。
「樹里さん達はどちらに行ったのでしょうか?」
近くにいた人に尋ねましたが、
「わかりません」
苦笑いして立ち去られてしまいました。
(ざまあ見ろ!)
それを見てほくそ笑む眼鏡男達です。絵に描いたような「目糞鼻糞を笑う」だと思う地の文です。
樹里達は撮影セットが組まれているスタジオに入りました。
「ヤッホー、樹里!」
先に来ていた親友の松下なぎさが声をかけました。
「おはようございます、なぎささん」
樹里は笑顔全開で挨拶しました。
「おはようございます」
「おはよ、なぎたん」
「おはよ、なーたん」
左京と瑠里と冴里もきちんと挨拶できました。
「俺も入るのかよ!」
礼儀正しいのを褒めたはずの地の文に理不尽に切れる左京です。
「おはよう、瑠里ちゃん、冴里ちゃん、左京ちゃん」
なぎさは微笑んで応じました。
(左京ちゃんて……)
自由ななぎさの返しに顔を引きつらせる左京です。
「今日で、樹里は撮影終わるんだね。私はまだこれからたくさんあるけど」
なぎさは肩を竦めて言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「樹里さん、メイクの準備、お願いします」
幽霊と見間違いそうなメイクさんが声をかけました。
「ひっ!」
思わず小さく悲鳴をあげてしまう左京です。男としてどうかと思う地の文です。
「うるせえ!」
細かい事ばかり気になってしまう地の文に切れる大雑把な左京です。
「今日もよろしくお願いします」
主演女優の楼年エリナが笑顔で挨拶しました。
「こちらこそよろしくお願い致します」
樹里は笑顔全開で深々と頭を下げて応じました。
「よろしくね、エリちゃん」
雑ななぎさがニッコリして応じました。
(あんた達は私がスターになるための踏み台よ)
エリナは心の中で樹里となぎさを嘲笑しました。
以前もそんな事を言って恥を掻いた若手女優がいるのを知っている地の文です。
「ハックション、ハックション!」
どこかで大きなくしゃみを二回している意地悪女優の稲垣琉衣です。
「意地悪女優じゃありません!」
正確を期した地の文に切れる琉衣です。
樹里はメイクさんと一緒に特殊メイクをしに行きました。
「では、樹里さんを待つ間にエリナさんの撮影を進めます」
監督の岩清水信男が告げました。
「はい、監督」
偽善者のエリナはこれでもかという作り笑顔で応じました。
「よろしくお願いします」
エリナはスタッフ達一人一人に挨拶しました。
完全に無視された形の地の文は悔しくて涙が止まりません。
そして、いよいよ、特殊メイクが終わった樹里の撮影が始まろうとしています。
「ひい!」
スタジオに入ってきた樹里を見て、また悲鳴をあげてしまう左京です。
「ママー!」
瑠里と冴里は全く驚かずに笑顔で手を振りました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。それを見た左京は失神しそうです。
(怖過ぎるよ、樹里)
泣きべそを掻く情けない左京です。
「うわあ、凄いね、樹里。大村の叔母様に似ている気がするよ」
なぎさが軽く実の叔母である美紗をディスりました。
「私はそんなに怖い顔ではなくてよ!」
どこかで聞きつけて抗議する美紗です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
(このシーンで私が貴女を食ってあげるわ、御徒町樹里。打ちのめされて、芸能界に二度と戻れないようにしてやるわ)
エリナは誰にも気づかれないように大村美紗のような顔で思いました。
「また私の悪口が聞こえる気がするけど、気のせいなのよ!」
本日二度目の登場で上機嫌に切れる美紗です。
「そうなんですか」
それでも笑顔全開の樹里です。
後編に続くと思う地の文です。