樹里ちゃん、再びホラー映画の撮影にゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、ホラー映画の幽霊役もこなしているママ女優でもあります。
先週、無事に新居に引っ越した樹里は笑顔全開で、今は亡き夫の杉下左京に挨拶しました。
「左京さん、行って参りますね」
「死んでねえよ!」
事実を捏造する地の文に渾身の力を込めて切れる左京です。
でも、ヘロヘロなのは事実です。
(ガラケーからスマホに取り替えたのに忘れて樹里達と連絡が取れなくて、酷い目にあった)
しかも、悪い事に、左京の探偵事務所の留守を守っていたのが、ぐうたら所員の加藤ありさで、左京からの連絡があった時も、樹里達が引っ越した事を伝えませんでした。
そのせいで、左京は五反田邸に戻り、誰もいない仮住まいでしばらく呆然としていました。
タイミング悪く、五反田氏一家も出かけており、エロメイドの目黒弥生も早上がりしていたのです。
「そんなところで私の悪口をぶっ込まないで!」
誹謗中傷を挟んできた地の文にどこかで切れる弥生です。
そして、記憶力が鶏以下の左京は、樹里の携帯の番号を覚えておらず、おぼろげに記憶している新居の場所へと車で移動しました。
しかし、その「冒険」が災いし、左京は途中でスピード違反で捕まり、反則切符を切られました。
そして、新居を探すために路上駐車をし、たちまち駐車違反でまた切符を切られました。
(免停になってしまう……)
首の骨が折れるほど項垂れた左京でしたが、いつもより多く登場できたので、満足です。
「満足じゃねえよ!」
適当な感想を入れてしまった地の文に切れる左京です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
「そうなのかね」
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
樹里の父親の赤川康夫と長女の瑠里、次女の冴里も笑顔全開です。
「ううう……」
左京は項垂れ全開ですが、
「パパ、はやくいこうよ!」
瑠里が急かします。今日から冴里も一緒に保育所に行くのです。
「樹里様とお父上様と瑠里様と冴里様にはご機嫌い麗しく」
奇跡の復活を遂げた昭和眼鏡男と愉快な仲間達が現れました。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう、たいちょう」
「おはよ、たいちょ」
樹里と康夫と瑠里と冴里は笑顔全開で応じました。
「ああ、この機会にまた恵まれるとは、無上の喜びです」
感涙に咽ぶ眼鏡男達です。
「では、よろしくお願いします」
樹里は笑顔全開で眼鏡男達に瑠里と冴里を託しました。
「はい!」
涙を拭いながら、敬礼して応じる眼鏡男達です。
こうして、項垂れ王の左京は瑠里と冴里を連れて、眼鏡男達に護衛されて、保育所に向かいました。
という事で、またしても登場が見送られた保育所の男性職員の皆さんです。
「早く登場させてください!」
決死の表情で訴える男性職員の皆さんですが、地の文はそれを華麗に無視しました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
「お父さん、本当にアメリカに行ってしまうのですか?」
左京達が行ってしまうと、樹里は寂しそうな顔で尋ねました。
「そうだね。いつまでも休んでいられないよ。NASAは火星への有人探査を本格的に開始したからね」
康夫は樹里の頭を優しく撫でながら微笑みました。
「そうなんですか」
樹里は涙ぐんで応じました。その可憐な表情にノックアウト寸前の地の文です。
「早く出かけないと、撮影に間に合わないよ、樹里」
康夫は樹里の目から零れそうになった涙を右手の人差し指で拭って告げました。
「はい、お父さん」
樹里はようやく笑顔全開に戻り、歩き出しました。康夫はしばらくそれを見送っていましたが、庭からゴールデンレトリバーのルーサが吠えたので、ハッと我に返り、
「そうだったね、ルーサ。お前の朝ごはんがまだだったね」
苦笑いして、家の中に戻りました。ルーサは柵に囲われた小屋から飛び出してきて、康夫を呼ぶように鳴きました。
「お前も寂しいのか、ルーサ。嬉しいよ」
康夫は柵から飛び出さんばかりに飛び跳ねるルーサの頭を撫でました。
やがて、樹里は撮影スタジオに到着しました。
「樹里さん、入ります」
助監督が告げました。
先に入っていたもう一人の主演女優の楼年エリナはチッと舌打ちをしました。
(いつも私より後から現れて、みんなの関心を得ようとしているのね?)
勘ぐりが過ぎると思う地の文です。
「よろしくお願いします」
樹里はエリナに近づき、笑顔全開で頭を下げました。
「よろしくお願いします」
エリナはいつものようにサッと笑顔になり、挨拶を返しました。
「今日は樹里さんの役である壇野浦美代の生前の話を撮影するので、樹里さんの特殊メイクはありません」
監督が告げました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
(お手並み拝見ね、御徒町樹里)
エリナはニヤリとしました。
まずは、壇野浦美代が最初に取り憑いて殺した女性との確執の話です。
前回、樹里の特殊メイクで気絶した女優が再び現れました。
今日は特殊メイクをしていない樹里を見てホッとする女優です。
どうやらトラウマになったようです。
「よろしくお願いします」
樹里と女優が挨拶し、撮影が始まります。
職場でのいじめのシーンです。
女優が樹里のカップを捨てたり、コピーした書類をシュレッダーにかけたりします。
「貴女がこんなところに置いておくから、ゴミだと思ったのよ。気をつけなさいよね」
憎らしさ満点の演技で樹里に言う女優です。
「申し訳ありません」
樹里も笑顔と元気を封印し、暗さとやるせなさとせつなさを押し出して応じます。
そして、最後の瞬間だけ、背筋が凍りそうになる鋭い視線を女優にぶつけました。
「ひい!」
思わず前回の恐怖が甦り、悲鳴をあげてしまう女優です。
「カット! ダメじゃないか、声を出したら! 何も気づかずに太太しい顔で立ち去るんだよ」
監督が立ち上がって怒鳴りました。
「すみません!」
女優は慌てて謝罪し、もう一度最初からやり直しです。
でも、また最後の樹里の目で女優はビビってしまい、NGです。
「申し訳ありません、私が悪いのですね?」
樹里が女優を気遣いました。
「いえ、私が悪いんです、ごめんなさい」
樹里の優しさに涙ぐんでしまう女優です。
(こんないい人を怖がるなんて、私、どうかしてた)
彼女は何とか立ち直り、撮影は無事に終了しました。
(やるわね、御徒町樹里。でも、最後に笑うのはこの私よ)
その様子を見て、またしても闘志を掻き立てるエリナです。
はてさて、どうなりますか。