樹里ちゃん、ホラー映画の撮影にゆく(前編)
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、ホラー映画の幽霊役を引き受けた幅広い演技力のある女優でもあります。
今日は、樹里はホラー映画の撮影です。
「何だかわくわくしてくるよ、樹里」
お留守番が専門の不甲斐なさなら世界有数の夫の杉下左京は何故か嬉しそうです。
「うるせえ!」
正直に事実を述べただけの地の文に切れる左京です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
実は、ちょい役で出演が決まった長女の瑠里と次女の冴里を連れて行くので、ベビーシッターとして左京も同行する事になったのです。
左京がお守り役だと瑠里と冴里が心配だと思う地の文です。
「更にうるせえ!」
正しい事を言った地の文に切れる左京です。まるであの人みたいだと思う地の文です。
あの人がどの人なのか、それぞれお好きに想像して欲しいと思う地の文です。
「そうなのかね」
樹里の父親の赤川康夫は笑顔全開です。
「お父さん、行って参ります」
樹里は笑顔全開で告げました。
「頑張るんだよ、樹里。お前は小さい頃から人前で何かをするのが大好きだったね」
康夫は笑顔全開で応じました。
「はい」
樹里は更に笑顔全開で応じました。
「いってくるね、ジイジ」
瑠里も笑顔全開です。
「いてくるね、ジイ」
冴里も笑顔全開です。左京は引きつり全開です。
「行ってらっしゃい」
康夫は孫二人に手を振って応じました。
そこへ映画会社の車が迎えに来ました。
という事で、今回も出番がない保育所の男性職員の皆さんです。
そして、前回に引き続き、昭和眼鏡男と愉快な仲間達も出番がありません。
いよいよ揃って降板決定だと思う地の文です。
「やめてください!」
別々の場所にも関わらず、見事にハモって抗議する人達です。
「そうなんですか」
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
それにも関わらず、樹里と瑠里と冴里は笑顔全開です。
その上、左京は引きつり全開です。
樹里達を乗せた車は、左京が途中で降ろされた以外、何事もなく撮影スタジオに到着しました。
「俺も無事に到着したよ!」
嫌味全開でアピールする左京です。若干勝ち誇っているのが癪に障る地の文です。
「お待ちしておりました」
映画会社のチーフプロデューサーが揉み手全開で出迎えました。
「何よ、あれは」
そんな大人の数学全開のプロデューサーを少し離れたところから見て、ムッとするもう一人の主役である楼年エリナです。
吊り上がり気味の目が更に吊り上がっています。
「エリナ、笑顔を作って」
そんなエリナを見て、マネージャーが慌てて告げました。
「わかってるわよ」
瞬時に笑顔になるエリナです。なかなかの曲者だと思う地の文です。
「樹里さん、お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」
エリナは満面の笑顔でお辞儀をしました。
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
樹里も笑顔全開で深々とお辞儀をしました。
樹里とエリナは揃ってセットがあるスタジオに行きました。
左京は瑠里と冴里を預かり、控え室で出番待ちです。
「樹里さん、エリナさん、今日からよろしくお願いします」
セットの前で指示を出していた監督の岩清水信男が二人に気づいて振り返って挨拶しました。
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
樹里とエリナはまるで仕込んだかのようにほぼ同時に言い、深々とお辞儀をしました。
(いい感じで火花が散っている気がするな)
岩清水監督は二人を見てフッと笑いました。
「そうなんですか」
しかし、樹里は笑顔全開です。エリナもそれを横目で見て、同じく笑顔全開になりました。
(絶対に負けないわよ、御徒町樹里! 子供を二人も産んだ女に食われて堪るもんですか!)
一人で火花を散らすエリナです。
「では、まず最初はエリナさんの登場シーンから撮影です。その間に樹里さんは特殊メイクをしてください」
助監督が告げました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で、メイクさんと共にスタジオを一旦出ました。
「樹里さん、久しぶりです」
メイクルームに行くと、意地悪コンビが待っていました。
「違います!」
息もぴったりに地の文に切れる稲垣琉衣と貝力奈津芽です。
「お久しぶりです」
樹里はそれでも笑顔全開で応じました。
「樹里さん、気をつけてくださいね」
琉衣が声を低くして言いました。
「そうなんですか?」
樹里は首を傾げて応じました。すると奈津芽が、
「楼年エリナさん、子役時代から数えると、もう二十年以上のベテランさんなんです」
「そうなんですか」
樹里は更に笑顔全開で応じます。琉衣と奈津芽は苦笑いしました。
(さすが樹里さん)
そして、琉衣が、
「楼年さん、実は凄く意地悪なんです。本当に気をつけてくださいね」
「年季の入った嫌がらせをされますから、うまくあしらってください」
奈津芽が言い添えました。
若手女優の中でも指折りの意地悪な二人が言うのですから、間違いないと思う地の文です。
「うるさいわね!」
比較論としては間違っていない検証をしたはずの地の文に切れる琉衣と奈津芽です。
「大丈夫ですよ。楼年さんはいい方だと思いますから」
樹里はそれでも笑顔全開です。
「そうなんですか」
思わず樹里の口癖で応じてしまう琉衣と奈津芽です。
(でも、樹里さんなら大丈夫かな)
それぞれ同じ事を思う琉衣と奈津芽です。
はてさて、どうなりますか。