樹里ちゃん、加藤真澄警部を宥める
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、ホラー映画のオファーもこなすママ女優でもあります。
今日は、樹里はメイドの仕事をお休みして、一応夫である杉下左京の暇で暇で仕方がない探偵事務所の掃除をしに来ています。
「一応夫とか、暇で暇で仕方がないとか、言うな!」
真実の口に手を入れても無事でいられる地の文に切れる左京です。
八つ当たりも甚だしいです。
長女の瑠里は来る途中で保育所に預け、次女の冴里は一緒に連れてきて、事務所の隅にあるベビーベッドで眠っています。
今回もまた登場できなかった保育所の男性職員の皆さんは、降板が濃厚となり、前回は登場できたのに今回は登場できない昭和眼鏡男と愉快な仲間達も油断は禁物だと思う地の文です。
「やめてください!」
それぞれが別の場所で地の文に猛抗議をしました。
「樹里ちゃん、無理しなくていいのに。掃除はいつも私がしているんだよ」
ぐうたら所員に復帰した左京とは腐れ縁の加藤ありさが言いました。
「お前がいつ掃除をしたんだ? 何時何分何十秒に!?」
小学生みたいな事を言い出してありさに詰め寄る左京です。
また不倫を始めるつもりでしょうか?
「だから不倫はしていない!」
左京とありさは、これこそ不倫の証拠と言うべきタイミングで地の文に突っ込みました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
「樹里、本当に俺とありさは何でもないからな」
嫌な汗を掻きながら何も訊かれていないのに言い訳をする浮気男です。
「だから浮気なんかしてねえよ!」
しつこい粘着テープみたいな地の文に切れる左京です。
「そうよ、樹里ちゃん。今はしていないよ」
ありさがまたややこしくなるような冗談を言いました。
「お前な!」
血の涙を流してありさを睨む左京です。
「冗談だって、左京」
ありさは苦笑いして応じました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開で応じながら、テキパキと掃除を進めていきます。
「おお、見違えるようだ!」
左京はここぞとばかりに褒めちぎりました。余程後ろめたい事をあるのだと思う地の文です。
「ねえよ! 只単に、ありさの掃除が掃除とは呼べないっていう事を再認識しただけだよ!」
左京は地の文に抗議しながら、軽くありさをディスりました。
「悪かったわね!」
ありさはムッとして左京に詰め寄りました。キスでもする気でしょうか?
「しないわよ! 病気が憑るから!」
ありさは身震いして地の文に抗議しました。
「俺は病気なんか持ってねえよ!」
左京がすかさず反論しましたが、
「貧乏症と浮気症っていう病気持ちでしょ!」
ありさも負けずに反論しました。
「貧乏はともかく、浮気はした事ねえよ!」
また嫌な汗を掻きながら言い返す左京です。
「じゃあ、このビルの最上階の弁護士先生との一夜はどうなのよ!」
古い話を蒸す返すありさです。しかも、それは番外編のお話なので、本編ではご法度な話題だと思う地の文です。
さりげなく宣伝しているのは内緒にしておきます。(内緒になっていません 作者)
「あれは、俺一人じゃねえだろ! お前も、もう一人のクライアントもいたじゃねえか!」
苦しい言い訳をする左京です。裁判では負けると思う地の文です。
「浮気してねえから、負けねえよ!」
左京は捏造魔王の地の文に切れました。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は冷静に笑顔全開で応じ、ゴミ捨てに行きました。
「ああ、樹里、このバカ女と二人にしないでくれ!」
左京が慌てて樹里を追いかけました。
「すーぎーしーたー!」
すると樹里と入れ替わるように登場したのは、凶悪犯でした。
「凶悪犯じゃねえよ!」
しばらくぶりの登場で少し緊張気味に地の文に切れる警視庁刑事部捜査第一課の加藤真澄警部です。
「ああ、マスミン、いらっしゃい!」
ありさは笑顔全開で応じましたが、
「ありさ、いつからこのヘボ探偵の事務所に来ているんだ? 辞めたんじゃなかったのか?」
加藤警部は悲しそうな顔でありさに尋ねました。
「だってェ、ありさァ、加純と二人きりだとォ、退屈でェ」
バカ丸出しの口調で甘えた仕草をするもう四十代のありさです。
「うるさいわよ!」
全部正解の事しか言っていない地の文に切れるありさです。
「杉下、てめえ、他人の女房と昼間からイチャイチャしてんじゃねえよ!」
怖い顔を更に怖くして左京に詰め寄る加藤警部です。
「イチャイチャなんかしてねえよ!」
左京は負けずに詰め寄りました。
「やっぱり、加純の父親はてめえなのか!?」
加藤警部は左京の襟首を掴んでドスの利いた声で言いました。
「バカな事いってるんじゃねえよ! 俺はありさとは付き合った事すらねえんだよ!」
左京は加藤警部の手を払いのけて怒鳴り返しました。
「嘘を吐くな!」
「嘘じゃねえよ!」
一触即発の状態のところに、
「只今戻りました」
樹里が笑顔全開で帰還しました。
「お帰りなさい」
左京と加藤警部は練習したかのように同時に言いました。しかも、笑顔で。気持ち悪いと思う地の文です。
「うるさい!」
更に同時に地の文に切れる左京と加藤警部です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じ、
「加藤さん、ありささんにお手伝いしていただいて、申し訳ありません。ありささんも、加純ちゃんのお世話があるのに」
深々と頭を下げてお詫びをしました。
「いや、とんでもないです。ありさがご迷惑をおかけしていないかとそればかり心配で」
加藤警部は顔を赤らめて嬉しそうに応えました。
「マースーミーンー!」
それを見てカチンときたありさは、加藤警部の右の耳たぶをグイと掴んで思い切りつねりました。
「いててて、いてえよ、ありさ!」
加藤警部は涙目になって言いました。
「今日は、私の出番はないみたいだから、帰りますね」
ありさは加藤警部の脇腹に軽く肘鉄を入れて事務所を出て行きかけ、
「左京、十時まで付けておいてね!」
ウィンクをして去りました。
「付けねえよ!」
左京はムッとして言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
めでたし、めでたし。