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樹里ちゃん、左京に映画出演を反対される

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、またしても映画会社から出演のオファーを受けたママ女優でもあります。


 先日、樹里は丸山映画のプロデューサーである丸山秋男にホラー映画への出演を依頼されました。


 それも、主役の女性ではなく、幽霊の役ででした。


 そのせいで、丸山がこの世の地獄を見る事になったのは、ちょっとした笑い話です。


「ちょっとしたじゃねえよ!」


 どこかで聞きつけた丸山が、ノリが適当過ぎる地の文に全力で切れました。


 丸山は樹里の無意識のボケを食らい続け、卒倒寸前の状態で帰って行ったのでした。


 その日の夜、帰宅した夫の杉下左京に、樹里は映画の出演を受けた事を話しました。


 左京は、本心では、樹里の稼ぎがまた多くなるので、出て欲しくはないのですが、樹里の映画をもう一度観たいというスケベ心もあるので、返事を考えあぐねました。


「左京さんが出てはいけないというのであれば、私は出ません」


 笑顔全開で告げる樹里です。


「そうなのかね」


 樹里の父親の赤川康夫も笑顔全開です。


「パパ!」


 長女の瑠里と次女の冴里も目をキラキラさせて左京を観ています。


(この状況で、反対をしたら、俺は家を追い出されてしまう気がする)


 左京は自分の置かれている立場をようやく理解したようです。


「いいんじゃないか。樹里が出たいのなら、そうしたらいいよ」


 左京は微笑んで応じました。


「本当ですか? よかった!」


 樹里は左京に抱きつきました。


「わわ、樹里!」


 左京は一瞬焦りましたが、すぐに気を取り直し、優しく抱きしめました。


「わーい、えいがえいが!」


 意味もよくわからない状態で大喜びする瑠里です。


「わーい、えいま、えいま!」


 言葉もよくわからない状態でお姉ちゃんの真似をする冴里です。


「また樹里の出ている映画が観たいし、折角お義父とうさんがお帰りなんだからさ」


 左京は照れ臭そうに言い添え、


「それで、何の役なんだ?」


 微笑んだままでそっと樹里を押し戻して尋ねました。


「幽霊の役ですよ」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「えええ!?」


 左京は昭和の喜劇役者顔負けの大袈裟なリアクションで驚きました。


 わざとらしくて見るに堪えないと思う地の文です。


「うるさい!」


 キッパリと指摘した地の文に切れる左京です。


「ゆ、ゆ、幽霊の役?」


 左京はまだ大袈裟なリアクションを続けました。


「はい、そうですよ」


 それでも樹里は笑顔全開で応じました。左京は樹里の両肩を掴んで、


「縁起でもない! 他の役にしてもらえないのか? いくら何でも、幽霊役はさ……」


 このお話の幽霊みたいな存在の左京の方がお似合いだと思う地の文です。


「重ねてうるさい!」


 気の利いた指摘をしたはずの地の文にまたしても切れる左京です。


「幽霊役だったら、これ以上ピッタリの奴はいないって女を知っているぞ」


 左京は高校時代からの腐れ縁の加藤ありさを思い浮かべました。


 ありさは幽体離脱をお気軽にできるという特異体質なのです。


 そして、二人はどうやら不倫の関係のようです。


「違う! 断じて違う!」


 左京は涙を流して全力否定です。それでは、ありさも草葉の陰で泣いているでしょう。


「私は死んでねえよ!」


 地の文の軽いジョークにどこかで激切れするありさです。


「左京さんはありささんと仲がいいのですね」


 樹里が笑顔全開で言いました。


「え?」


 途端に左京の顔色が悪くなりました。


(樹里が怒っているのか?)


 嫌な汗が身体中から噴き出し始める左京です。


「どうしたんですか、左京さん?」


 樹里は笑顔全開で小首を傾げました。


(あれ? 怒っていないのか、樹里?)


 左京は、樹里が只単にありさとの仲を指摘しただけなのに、後ろめたい事がたんまりあるために誤解したようです。


「う、後ろめたい事なんて何もないぞ!」


 唇を震わせて、臭い芝居をするヘボ探偵です。


「ううう……」


 図星を突かれてグウの音も出ない左京です。


「プロデューサーさんのお話では、幽霊役をすると、長生きするらしいですよ」


 樹里は笑顔全開で言いました。


「そうなんですか」


 左京は顔を引きつらせて、樹里の口癖で応じました。


 幽霊役をすると長生きできるのであれば、絶対に左京には演じさせたくないと思う地の文です。


「どういう意味だよ!」


 すかさず地の文に切れる左京です。


「そういう事なら、いいんじゃないか。頑張れよ、樹里」


 左京は樹里を見つめて言いました。


「ありがとうございます、左京さん」


 樹里は涙ぐんで、それでも笑顔全開で応じました。


「わーい、わーい!」


 瑠里と冴里は大喜びで、奇妙な踊りを踊り始めました。


 身体全体をくねくねさせて、誰かに呪いでもかけているかのようです。


 冴里はお姉ちゃんを見て真似ているだけです。


「保育所で教わった踊りだそうです」


 樹里が左京に囁きました。


「そうなんですか」


 そのあまりにも不気味な動きをする瑠里と冴里を見て、左京は顔を引きつらせたままで応じました。


「そう言えば、冴里はいつから保育所に入所するんだ? もう手続きはすませたんだろう?」


 左京が不意に思い出して訊きました。すると樹里は、


「今、新築中の家に引っ越したら、冴里も入所させます」


 笑顔全開で言いました。左京はキョトンとして、


「え? 新築中の家?」


 何の事かわからないミスターヒモです。


「うるせえ!」


 事実を事実としてお伝えした地の文に理不尽に切れる左京です。


「事務所に電話したら、ありささんが出て、その時話したのですけど、聞いていないのですか?」


 樹里はびっくりしたようです。


(あのアマァ!)


 心の中でありさを罵る左京です。不倫は解消するようです。


「だから、不倫なんかしてねえよ!」


 しつこい地の文に切れる左京です。


 


 めでたし、めでたし。

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