樹里ちゃん、瑠里と左京を取り合う
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、ドラマからバラエティまでこなす器用なママ女優でもあります。
不甲斐ない夫の杉下左京は、仕事がないので二度寝を堪能していました。
「仕事がねえからじゃねえよ!」
地の文の的確な指摘に切れる左京です。実は大きな仕事をこなして大金が入ったため、今日は臨時休業なのです。
普段は毎日が臨時休業なのですから、休んでいる場合ではないと思う地の文です。
「更にうるさい!」
仕事の先行きを心配して指摘している地の文に切れるワガママな左京はまた眠りに就きました。
その時でした。
「ぎゃああああ!」
電気椅子にかけられた死刑囚のような衝撃が左京を襲いました。
「ひいい!」
眠気どころか、命まで吹っ飛んでしまいそうな恐怖体験をした左京はベッドから飛び起きました。
「パパ、おはよう」
何故か横には笑顔全開の長女の瑠里がいました。
「へ?」
何が起こったのか、頭が悪い左京にはすぐには理解できません。
「ううう……」
正しい事を告げた地の文のせいで、項垂れる左京です。
「めがさめた、パパ? はやくおきないと、ちこくしちゃうよ」
瑠里は片手に何かを持って言いました。
「瑠里、それは何かな?」
左京が顔を引きつらせて尋ねました。すると瑠里は笑顔全開で、
「ジイジがつくってくれたんだよ。すたんがんだよ。すごいでしょ?」
バチバチバチと火花を散らしてみせました。
「す、す、スタンガン!?」
昭和のリアクションで大袈裟に驚いてみせる左京です。
「大袈裟じゃねえよ! 本当にびっくりしてるんだよ!」
自分は盛っていないと主張する左京です。でも、実は盛っていると推測する地の文です。
(お義父さん、何てものを作るんですか!)
左京は部屋を飛び出して、居間に行きました。
「おはようございます、お義父さん」
左京はソファでお茶を飲んで寛いでいる樹里の父親の赤川康夫に挨拶しました。
「おはよう、左京君」
康夫は笑顔全開で応じました。左京は苦笑いして、
「お義父さん、瑠里に危ないものを作らないでください」
「危ないもの? 何の事かね?」
首を傾げる康夫です。左京はまた顔を引きつらせて、
「スタンガンですよ! 四歳の瑠里には危険でしょう?」
すると康夫は、
「そうなのかね? 樹里には二歳で持たせたが?」
全く動じないで更に驚愕の事実を言いました。左京は驚きのあまり、二の句が継げません。
「おはようございます、左京さん」
そこへ樹里が次女の冴里と散歩から戻ってきました。
「樹里、お義父さんに言ってくれよ……」
そう言いかけて、左京は固まってしまいました。
「何をですか?」
樹里と冴里もスタンガンを持っていたからです。
(どういう家族なんだ……?)
元々、樹里の一家には振り回されている左京ですが、今日は今まで生きてきた中で一番驚きました。
「ママ、パパ、ピョーンておきたよ!」
そこへ瑠里がスタンガンをバチバチさせながら、居間に入ってきました。
「瑠里、それは悪い人が瑠里に近づいてきたらバチバチってするものですよ。パパに使ってはダメです」
樹里が本気モードで叱ったので、瑠里は涙ぐんで、
「ごめんなさい、ママ」
「謝るのはパパにです」
樹里は微笑んで瑠里を諭しました。
「あい、ママ」
瑠里は嗚咽を上げながらも頷き、左京を見ました。
「パパ、ごめんなさい」
瑠里が頭を下げて謝ったので、
「大丈夫だよ、瑠里」
左京は瑠里を優しく抱きしめて許しました。
「パパ、だいすき!」
瑠里は笑顔全開になって、左京の右のほっぺにキスをしました。
「おお!」
左京はあまりの嬉しさに、涙ぐみました。
「瑠里、そんな事をしてはダメです!」
樹里は冴里を康夫に預けると、左京に近づきました。
「え? 樹里、あのさ……」
樹里がいきなり左頬にキスをしたので、左京は顔を真っ赤にしました。
(お義父さんが見ている前で、大胆だな、樹里……)
そんな事を思いながらも、本当は嬉しい左京です。早速今夜は……。
「やめろー!」
暴走しそうになった地の文を慌てて制止する左京です。
「そうなのかね」
それにも関わらず、康夫は笑顔全開です。
「樹里は相変わらず嫉妬焼きだね。昔と少しも変わらんな」
康夫が言うと、樹里は顔を赤くしました。
「そうなんですか?」
代わって左京が樹里の口癖で応じました。康夫は微笑んで、
「昔、由里と私がキスをしていると、割り込んできて、私にキスをしてくれたね」
「お父さん、そんな昔の話はやめてください」
樹里はますます赤くなりました。
(可愛い、樹里!)
そんな樹里を見て思い切り欲情する左京です。やはり今夜は……。
「やめろって言ってるだろ!」
もう一度暴走しようとした地の文にまた切れる左京です。
「じゃあ、るりはもういっかい!」
その話を理解したのか、瑠里がまた左京の右頬にキスをしました。
「ダメです!」
樹里は顔を赤らめたまま、左京の左頬にキスをしました。
(桃源郷に来たようだ)
妻と娘のキス攻撃ににやける中年オヤジです。
「うるさい!」
正しい描写をした地の文に理不尽に切れる左京です。
「じゃあ、るりはもっと!」
「ダメです!」
瑠里と樹里のキスの波状攻撃はそれからしばらく続きました。
(俺は何て幸せな男なんだろう……)
左京は鼻血を垂らしながら、バカな事を思っていました。
めでたし、めでたし。