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樹里ちゃん、なぎさの出産に立ち会う

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、マルチな活躍をする資格マニアでもあります。


 今日は樹里は、 次女の冴里を父親の赤川康夫に預け、親友の松下なぎさが入院している産婦人科に来ています。


 そこは樹里が出産したのと違う病院なので、樽のような看護師さんはいません。


「樹里、ありがとう、きっと来てくれると思っていたよ」


 病室のベッドに横になり、いつになく元気がないなぎさが言いました。


「そうなんですか」


 それでも樹里は笑顔全開です。


「ご迷惑をおかけ致します」


 その傍らには、青白い顔をした夫の栄一郎がいました。


 彼はなぎさの陣痛が激しかったので、ほとんど眠れていないのです。


「お互い様ですよ」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「なぎさちゃん、大丈夫?」


 そこへ樹里の母親の由里と姉の璃里、そして何故か、由里の夫である西村夏彦が現れました。


「由里おばさん、璃里さん、ええと、誰だっけ?」


 なぎさが鉄板ネタを振って来て、夏彦は顔を引きつらせました。


「ごめんね、なぎさちゃん。この人、最近私が行くとこ、どこにでもついてくるのよね。鬱陶しいったらないの」


 由里が夏彦を押しのけて、なぎさに謝罪しました。隣で璃里が苦笑いしています。


「わざわざお越しくださって、ありがとうございます」


 栄一郎が額の汗をハンカチで拭いながら言いました。由里はニヤリとして、


「栄一郎君、頑張ったね! 二十歳前で子供ができるなんて、私と一緒だよ」


 栄一郎は顔を真っ赤にして、


「あ、ありがとうございます」


 照れ臭そうにお礼を言いました。


「そうなんだよ、おばさん。栄一郎、毎日頑張ったんだよ」


 悪気なく追い討ちをかけるなぎさです。栄一郎の顔がますます赤くなりました。


「そうなんですか」


 樹里はそれでも笑顔全開です。


「前日までは陣痛が酷かったのですが、いざ予定日当日になった途端に全く陣痛が来なくなったみたいで」


 栄一郎はハンカチで顔中を拭いながら言いました。


「そう言えば、樹里達のお父さんが帰って来ているんだよね? 今日は来ないの?」


 またしても悪気なく夏彦を追いつめるような事を言ってしまうなぎさです。


「今日はちょっと都合が悪いかな」


 由里はチラッと夏彦を見て告げました。夏彦は更に顔を引きつらせました。


「何だ、残念。久しぶりに会いたかったのに」


 なぎさは口を尖らせました。


(なぎさちゃんはお父さんと会った事ないはずなんだけど……)


 璃里は思いましたが、言えません。


「そうなんですか」


 樹里はそれにも関わらず、笑顔全開です。


「栄一郎、みんなにりんごをむいてあげてよ。私も食べたいから」


 なぎさが言うと、栄一郎は、


「はい、なぎささん」


 嬉しそうに応じ、ベッドの横にあるワゴンの扉を開いて、中から大きめのりんごと果物ナイフを取り出し、器用に皮をむきました。


「栄一郎ったら、私が妊娠してからずっと、果物の皮むきを練習していたんだよ」


 なぎさは微笑ましそうに栄一郎を見て樹里達に教えました。


「恥ずかしいですから、それは言わないでください、なぎささん」


 栄一郎はまた顔を赤らめました。


「そうなんですか」


 樹里は更に笑顔全開で応じました。


「あ……」


 栄一郎に渡されたカットされたりんごを受け取った時、なぎさが動きを止めました。


「なぎささん?」


 栄一郎は樹里達にりんごを配りながらもハッとしてなぎさを見ました。


「きたみたい……」


 なぎさの顔が苦しそうになりました。


「栄一郎さん、ナースコールを!」


 七百八ある資格の一つである看護師の顔になった樹里が指示しました。


「あ、はい!」


 栄一郎は慌ててボタンを押しました。


「どうしました?」


 すぐに若くて細い看護師が来ました。


「陣痛が始まったみたいです」


 樹里が告げました。


「わかりました、すぐに分娩室へお連れします!」


 他の看護師も現れ、あっと言う間になぎさはストレッチャーに乗せられ、運び出されました。


「あわわわ……」


 栄一郎はすっかり狼狽えてしまいました。


「あわわわ……」


 何故か夏彦も狼狽えています。


「あんたがオロオロしてどうするのよ、全く!」


 由里が呆れて夏彦の背中を思い切り叩きました。


「なぎささん、大丈夫ですよ」


 樹里はなぎさの手を握りしめて言いました。


「ありがとう、樹里」


 なぎさは痛みからなのか、感動したからなのか、涙ぐんで応じました。


「樹里、一緒にいて」


 なぎさが手を放してくれないので、樹里はそのまま分娩室に入りました。


 肝心の夫の栄一郎はまだオロオロしており、とても出産に立ち会える精神状態ではありません。


「しっかりして、栄一郎君」


 璃里と由里がなだめる始末です。


「大丈夫よね、なぎさちゃん」


 璃里が分娩室の前で呟きました。由里は栄一郎より狼狽えている夏彦の頭を叩いて、


「大丈夫よ。樹里がついているんだから」


 璃里はそれを聞いて微笑み、


「そうね。樹里は安産の象徴みたいな存在だもんね」


 次の瞬間、中から元気な赤ん坊の泣き声が聞こえて来ました。


「ああ!」


 やっと落ち着いた栄一郎が、その声に反応しました。


「なぎささんと僕の子供……」


 栄一郎は顔をクシャクシャにして泣きました。それを見て、由里と璃里はもらい泣きです。


 夏彦は鼻水をズルズル啜りながら、号泣する栄一郎の背中を優しく撫でました。


 


 分娩室では、出産を終えたなぎさの汗塗れの顔を樹里がタオルで拭いながら、


「なぎささん、男の子ですよ。おめでとうございます」


「うん、知ってたよ。名前も決めてるんだ。海が流れるって書いて、『わたる』って読むんだよ」


 なぎさは涙を目にいっぱい浮かべながら言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 


 めでたし、めでたし。

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