樹里ちゃん、父親に左京を紹介する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、バラエティも映画もドラマもこなすマルチタレントです。
樹里達の実の父親である赤川康夫から、アメリカから帰国すると連絡があり、元妻の由里、樹里の姉の璃里ばかりではなく、樹里も都合がつかず、毎日暇を持て余している樹里の夫の杉下左京が迎えに行く事になりました。
「ううう……」
「毎日暇を持て余している」という地の文の表現に項垂れる左京です。実際にそうなのだから仕方がないと思う地の文です。
「うるせえ!」
現実を突きつけた地の文に更に切れる左京です。
ところが、間抜けな左京は、康夫が帰って来る場所を間違えてしまい、たまたまそこに居合わせた幽体離脱おばさんが康夫に声をかけられ、五反田邸まで連れて来てくれました。
「幽体離脱おばさんて言うな! せめて、お姉さんて言いなさいよ!」
正しい年齢表現をした地の文に加藤ありさがイチャモンをつけました。
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
「そうなのかね」
樹里と次女の冴里、そして、康夫は笑顔全開で応じました。
(なるほど、樹里ちゃんの遺伝子は、このパパさんから受け継いだものなのね)
ありさは苦笑いしました。
「それで、左京には連絡を取ったの?」
ありさが樹里に尋ねました。
「はい。瑠里ともう少し飛行機を観てから帰るそうです」
樹里は笑顔全開で応じました。
「そうなんですか」
思わず樹里の口癖で応じてしまうありさです。
そんな不毛な会話をしているうちに、ありさの娘の加純と冴里はゴールデンレトリバーのルーサと遊び始めました。
「お父さん、長旅で疲れたでしょう? お茶を淹れますね」
樹里は笑顔全開で告げました。
「そうなのかね」
康夫は笑顔全開で応じました。
「あ、いけない、私、まだ仕事の途中でした!」
もう一人のメイドのレッサーパンダの母親がわざとらしく言って立ち去りました。
「レッサーパンダの母親じゃないわよ! 目黒弥生よ! それに私の子供は颯太よ!」
弥生はお決まりの突っ込みをすると、スタスタとその場から逃げ出しました。
さすが元泥棒です。このまま一緒に樹里達といると、大変な目に遭うと感じたようです。
「元泥棒の話はやめてー!」
駆け去りながら、地の文に抗議する弥生です。
「ありささんもよろしかったらどうぞ」
樹里が言いました。
「ありがとう、樹里ちゃん」
頭が緩いありさは、何の警戒心も抱かずに応じました。
「誰が頭が緩いだ!」
真実を述べただけの地の文に切れるありさです。
「そうなんですか」
「そうなのかね」
それでも樹里と康夫は笑顔全開で応じました。
「加純、お茶をいただくわよ」
ありさが加純に言いました。
「あい、ママ」
加純はありさにも父親の加藤真澄警部にも似ていない可愛い笑顔で応じました。
「私に似ているってみんな言ってくれてるわ!」
加純の将来を思って言った地の文に理不尽に切れるありさです。
「ルーサ、ハウス」
樹里が命じると、ルーサは、
「ワン!」
一声吠えて、自分で樹里達の家の脇にある犬小屋に戻って行きました。
左京より賢いと思う地の文です。
「うるせえ!」
ようやく横田基地を出発した左京が地の文に切れました。
樹里達は居間で、樹里が淹れてくれた紅茶とイチゴのショートケーキで、ティタイムです。
「お父さんは何をされている方なんですか?」
ありさが型通りの面白くも何ともない事を訊きました。
「いちいちうるさいわね!」
的確な指摘をしたはずの地の文に切れるありさです。今日は亡き左京の代わりに頑張っています。
「俺は死んでないぞ!」
中央自動車道に乗った左京が、ちょっとした冗談を言った地の文に激ギレしました。
「どこがちょっとした冗談だ!」
更に切れる左京です。ありさと競り合っています。
「そんなつもりはない!」
まるで示し合わせたかのように声を揃えて切れる元恋人同士の左京とありさです。
「恋人だった事はねえよ!」
もう一度異口同音に切れる左京とありさです。
「NASAで、宇宙開発事業に携わっています」
紅茶を一口飲んで、康夫が答えました。ありさは目を輝かせて、
「すごいですね! ウチの主人とは大違いです!」
いきなり自分の夫が勤務している天下の警視庁をディスるありさです。
「そうなのかね」
康夫は笑顔全開で応じました。ありさは顔を引きつらせました。
(そうか、あのメイドさんが急に仕事に戻ったのは、樹里ちゃん達の天然攻撃が怖いからなのか)
今頃になって、自分がこの世の地獄に足を踏み入れた事に気づくありさです。
「そこって、すごく就職するのが大変なんですよね? ウチの子には無理ですかね?」
話題に困ったありさは、とんでもない事を尋ねました。すると康夫は、
「いえ、そんな事はありませんよ。東大の工学部を出て、アメリカの工学部系の大学を卒業すれば、簡単に入れますよ」
笑顔全開で全然簡単ではない事を言いました。
「そうなんですか」
ありさは引きつり全開で樹里の口癖で応じました。
(もうすでにダメかも知れない)
ありさは樹里の誘いに応じた事をとても後悔していました。
それでも、すぐに帰るのは失礼だと思い、しばらく歓談(?)を続けたありさですが、
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
「そうなのかね」
三連撃だけならまだしも、
「しょーなんれすか」
自分の娘の加純まで真似し始めたので、パニックになりそうです。
「只今」
するとそこへ、ようやく左京と長女の瑠里が帰って来ました。
「ジイジ!」
瑠里は写真でよく観ていた康夫に人見知りする事なく、飛びついて行きました。
「瑠里か? やっと会えたね」
康夫は笑顔全開で応じました。左京は緊張した面持ちで、
「お義父さん、お初にお目にかかります。樹里さんと結婚させていただいた、杉下左京です」
深々とお辞儀をしました。
「そうなのかね」
康夫は瑠里を抱いたままで、笑顔全開で応じました。
「それじゃあ、私達はこれで……」
待ってましたとばかりにソファを立つありさですが、
「何だよ、ありさ? 俺が来た途端に帰るって、酷いぞ!」
左京が引き止めました。
(何で止めるのよ、バカ左京!)
ありさは顔で笑って心で怒っています。
(帰るなよ、ありさ! お父さんに初めて会って、緊張しているんだから、もう少しいてくれ!)
左京は左京で、ありさを頼りにしていました。
「そうなんですか」
「そうなのかね」
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
「しょーなんれすか」
樹里と康夫と瑠里と冴里と加純は笑顔全開です。
めでたし、めでたし。