樹里ちゃん、ありさに救いを求められる
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、映画監督も女優もこなすマルチな才能の持ち主です。
「行ってらっしゃい」
不甲斐ない夫の杉下左京は、いつものように五反田邸外周を走り、ヘロヘロで言いました。
もうすぐお迎えが来ると思う地の文です。
「うるせえ!」
真実を述べた地の文に最後の気力を振り絞って切れる左京です。
「ふう……」
そして左京は仰向けに倒れ、天に召されました。
「召されてねえよ!」
しつこく起き上がって切れる左京です。結構しぶといと思う地の文です。
「ママ、いってらっしゃい!」
犬を飼えるのが確定したので、目をキラキラさせて元気いっぱいの長女の瑠里が言いました。
「行って来ますね、左京さん、瑠里」
樹里はベビーカーに次女の冴里を載せて、笑顔全開で言いました。
「いてきましゅ」
冴里も笑顔全開で言いました。
「さーたんも、いってらっしゃい」
お姉ちゃんの瑠里が言うと、冴里は嬉しそうにキャッキャと笑いました。
「おはようございます、樹里さん、冴里ちゃん」
邸への道すがら、エロメイドが挨拶しました。
「エロメイドじゃないわよ!」
レッサーパンダの母親が地の文に激切れしました。
「それも違うわよ!」
地の文の紹介に細々といちゃもんをつける小姑キャラが似合って来た目黒弥生です。
「あんたがつまらない事を言うからでしょ!」
更に切れる弥生ですが、その間に樹里と冴里は玄関に行ってしまいました。
「樹里さーん、先程、加藤ありさ様からお電話があって、こちらに見えるそうです!」
慌てて追いかけながら、連絡事項を伝える弥生です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で振り返りました。
「しょーなんでしゅか」
冴里も笑顔全開です。
樹里は冴里に授乳をすませ、メイド服に着替えると、ありさを迎える準備をしました。
紅茶の用意ができた頃、ありさが訪れました。
一人娘の加純をベビーカーに載せています。
以前に比べると、穏やかな性格になったような気がする地の文です。
「樹里ちゃん、久しぶりね。元気そうでよかったわ」
ありさは弱々しく微笑んで言いました。
「ありささん、お久しぶりです。お加減が悪いのですか?」
樹里は早速、七百八ある資格のうちの看護師の顔になり、ありさを診ました。
「ちょっとね」
樹里はありさ達を応接間に通して、紅茶を出しました。
「実はさ、マスミンのお母様が、いろいろ大変なのよ」
ありさは紅茶を一口飲んでから、苦笑いして言いました。
マスミンとは、ありさの夫の加藤真澄警部の事です。決して、芳香剤ではありません。
「そうなんですか」
それでも笑顔全開の樹里に、ありさはちょっとだけイラッとしました。
「加純の育て方に一つ一つ口を出して来るし、マスミンの食事の事にも口を出して来るし、電話の受け答えにもダメ出しするしで、もうヘトヘトなの」
何とか気を取り直して話を続けるありさです。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開です。ありさは項垂れそうになりましたが、
(樹里ちゃんはこういう子なのよね)
付き合いが長いので、何とか堪えました。
「まあ、左京は天涯孤独で、樹里ちゃんは姑さんがいないから、実感がわかないでしょうけどね」
ありさがまた苦笑いして樹里を見ると、樹里はしゃがんで、加純をあやしていました。
「私はありささんが羨ましいです」
樹里は眩しいくらいの笑顔でありさを見ました。
「え?」
ドキッとするありさです。樹里は立ち上がってありさに向き直ると、
「そうやって、ありささん達の事を気遣ってくださっているのですよね。とても羨ましいです」
「樹里ちゃん……」
樹里のあまりにも純粋な反応にありさは思わず涙ぐんでしまいました。
「誰でも、自分の大切な人にはいろいろ言ってしまうのだと思いますよ。ありささんも、加純ちゃんも、それだけお義母様に愛されている証拠ですよ」
樹里は笑顔全開で言うと、空になったカップに紅茶を注ぎました。
「そして、何より、お義母様は、加藤さんをありささんに取られたと思っていらっしゃるでしょうから、ヤキモチもあるのではないですか?」
樹里にそう言われて、ありさは顔を赤らめました。
「お義母様のヤキモチ?」
加藤警部の母親ですから、まさしく脱獄囚のような人物なのでしょう。
ありさの気苦労を思い、涙が溢れそうになる地の文です。
「私も、左京さんのお母様にいろいろ教えて欲しかったです。そして、あれこれ叱って欲しかったです」
樹里が目を潤ませて言ったので、ありさは思わず立ち上がり、樹里を抱きしめました。
「樹里ちゃん!」
いけない世界が始まりそうです。自主規制する地の文です。
「違うわよ!」
妄想力が逞し過ぎる地の文に切れるありさです。
樹里の優しい思いに、左京も草葉の陰で喜んでいる事でしょう。
「俺は生きてるよ!」
文京区に突入したばかりの左京が地の文の超絶的な妄想に切れました。
「ありがとう、樹里ちゃん。気が楽になったわ。これからは、貴女の言ったように、もっと前向きに捉える事にするわね」
ありさは零れかけた涙を拭って言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
(今回は、しばらくぶりにええ話や……)
ドアの隙間からこっそり聞いていた元泥棒も涙ぐんで思いました。
「どうして最後にそういう事を言うのよ、あんたは!」
しんみりした終わり方をしたくない性格の悪い地の文に切れる弥生です。
めでたし、めでたし。