樹里ちゃん、亀島に脅迫される(後編)
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、ママ女優でもあります。
今日も樹里は笑顔全開で次女の冴里をベビーカーに載せ、出勤します。
「こらあ!」
見知らぬ男が乱入し、いきなり切れました。不測の事態に動揺が隠し切れない地の文です。
「前回の出来事をなかった事にしようとしただろう!」
見知らぬ男が怒鳴りました。
「亀島だよ!」
またしても、某芸人のように切れてみせる亀島です。
そう言えば、そんな展開でしたね。覚えていなかった訳ではなく、忘れたフリをしていました。
「余計悪いだろ!」
メインで登場なのが余程嬉しいのか、連続して切れる亀島です。
「う、嬉しくなんかねえぞ!」
わかり易い反応だと思う地の文です。
では、前回からの続きをどうぞ。
「そうです。瑠里ちゃんは私が預かっています。無事に返して欲しかったら、私の言う事を聞いてください」
「聞いていますよ」
樹里はボケではなく、心からそう言いました。亀島は転けそうになったようです。
「そこまで戻らなくてもいいだろ!」
丁寧な「前回のあらすじ」を説明しようとした地の文に切れる亀島です。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。亀島はニヤリとして、
「では早速言う通りにしてもらいましょうか」
そこへエロメイドとドロントが走って来ました。
「エロメイドじゃないわよ!」
こんな緊急事態でも切れる目黒弥生です。
「ドロントじゃなくて、有栖川倫子よ!」
同じく倫子です。
「杉下さんと別れてください」
亀島の要求は理不尽極まりないものでした。
すでに離婚しているので、それは無理だと思う地の文です。
「離婚してねえぞ!」
どこかで叫ぶ不甲斐ない夫の左京です。
「そうなんですか」
樹里は真顔で応じました。それを聞きつけた倫子が、
「亀ちゃん、あんた一体何を企んでいるの?」
すると亀島は、
「お久しぶりですね、ドロントさん。私の望みは、樹里さんとの甘い新婚生活ですよ」
その答えに唖然とする倫子と弥生です。今にも歌い出しそうです。
「誰が双子演歌歌手だ!」
倫子と弥生は口を揃えて一部世代にしかわからない表現で切れました。
「もし応じてくれないのであれば、瑠里ちゃんに痛い目に遭ってもらいます」
亀島は冷徹な声で言いました。樹里はそれに対して、
「わかりました。左京さんと離婚します。ですから、瑠里を返してください」
倫子と弥生は目を見開きました。
(左京さんが可哀想……)
自分が与り知らないところで、離婚が進められているのを知ったら、左京は発狂してしまうでしょう。
「左京さんとヌートに連絡して」
倫子は小声で弥生に告げました。弥生は黙って頷き、邸に戻って行きました。
「素直で結構な事です。では、今日中に離婚届を役所に提出して、それを証明できる書類を持って、私のところまで来てください。その書類を確認して、私との婚姻届にサインをしてくれたら、瑠里ちゃんをお返しします。では、また連絡します」
亀島は通話を切ってしまいました。
「樹里さん、亀ちゃんはどこにいるの?」
倫子が尋ねました。樹里は携帯を閉じて、
「今の電話は瑠里が通っている保育所からでした」
倫子は腕組みをして、
「そう……。ここから保育所まで行く間に亀ちゃんは逃げてしまうわね」
「はい」
樹里も真剣な表情のままです。展開がいつもと違うので、活躍の場を失ってしまう地の文です。
その頃、何も知らない呑気な夫の左京は、鼻歌を歌いながら、探偵事務所に向かっていました。
「うん?」
その時、革ジャンのポケットの中の携帯が鳴っているのに気づきました。
「誰だ?」
左京は路肩に車を寄せて停まり、携帯を開きました。
(五反田邸? 何だろう?)
何か忘れ物でもしたかと思った左京は、
「もしもし」
相手が樹里だと思って通話を始めました。
「あ、左京さんですか? 目黒弥生です」
意外な人物からの連絡だったので、ドキドキしてしまう左京です。
不倫が始まると思う地の文です。
「ふざけないで!」
いつもの調子に戻そうとする地の文に切れる弥生です。
「どうしたんですか?」
左京も何かを感じたのか、怪訝そうな顔になりました。
「亀島さんが保育所に現れて、瑠里ちゃんをさらったようです」
「何ですって!?」
左京はもう少しで携帯を握り潰してしまいそうになりました。
「あ、左京さん!」
まだ何かを話そうとしている弥生を無視して、左京は携帯を助手席に放り出すと、車を発進させ、大通りを右折し、保育所へと向かいました。
また一方、左京を尾行して保育所まで行った黒川真理沙も、保育所に戻っている途中です。
(亀島さん、一体何を考えているの? 女性は離婚後、半年は再婚できないのを知らないのかしら?)
真理沙は実に真っ当な疑問を抱いていました。
妄想が暴走している状態の亀島には、そんな事は理解できていないと思う地の文です。
また、昭和眼鏡男と愉快な仲間達も、独自のルートで瑠里が亀島に拉致された事実を把握し、関東一円に存在する樹里信者達に動員をかけました。
亀島の手配写真が凄まじい勢いでツイッターで拡散されました。
炎上商法も真っ青だと思う地の文です。
「あれ? こいつ、どこかで見た事があるぞ……」
その手配写真をある人物が目にし、
「今こそ、樹里様のご恩に報いる時」
まるで「いざ、鎌倉」のような心境で呟きました。
左京と真理沙はほぼ同時に保育所に戻りましたが、すでに亀島は瑠里を連れて逃走した後でした。
「彼の立ち回りそうな場所に心当たりはありませんか?」
真理沙が左京に訊きましたが、
「いや、全く見当がつきません」
バカに訊くだけ無駄だと思う地の文です。
「うるせえ!」
場の空気を読まずにボケる地の文に切れる左京です。
「瑠里……」
左京は両手を握りしめて呟きました。真理沙はそんな左京を悲しそうに見つめていました。
亀島は、都内のどこかにある取り壊しが決まったビルの一室にいました。
瑠里は泣きつかれて眠っています。
「樹里さん、離婚届は提出できましたか?」
亀島は保育所の男性職員の一人から奪った携帯で樹里にかけました。
「左京さんが戻っていません。もう少し待ってください」
樹里の声が言いました。亀島は狡猾な顔になり、
「早くしてくださいよ。あまり待たされると、私、瑠里ちゃんに何をするかわかりませんよ」
「急ぎますので、瑠里には何もしないでください」
樹里の言葉をそこまで聞くと、亀島は通話を切りました。
「まあ、慌てても仕方がないか」
フッと笑った亀島は、途中、コンビニで購入したあんぱんを食べました。
左京は五反田邸に戻り、樹里から事情を聞いて卒倒しそうになりました。
「離婚しろ、だと……?」
左京は亀島を絞め殺してやりたくなりました。
「あのバカヤロウ……」
それでも、元同僚である亀島の事を警察に通報する気にはなれず、自分達で何とかしようと考えていました。
「左京さん……」
樹里が区役所から離婚届をもらって来て左京に差し出しました。
樹里は目に涙を浮かべています。左京は頷き、
「瑠里の命には代えられない……」
左京は革ジャンのポケットからボールペンを取り出して、必要事項を記入しました。
亀島はあんぱんを食べて眠くなったのか、うとうとしてしまいました。
その時、ドアをノックする音が聞こえました。
「早かったな」
亀島は寝ぼけているのも手伝って、何も警戒せずにドアを開けてしまいました。
「うわ!」
するとそこには、この世のものとは思えない顔の男が立っていました。
「大袈裟だよ!」
その男は地の文の的確な描写にイチャモンをつけました。
「天誅!」
男はそう言って亀島を殴り飛ばしました。亀島は数メートル飛ばされて、壁に叩き付けられ、気を失ってしまいました。
男は亀島が動かないのを確認してから、部屋の隅で眠っている瑠里に近づきました。
「瑠里様、大丈夫ですか?」
男は瑠里を抱き上げ、声をかけました。瑠里は薄らと目を開き、男を見ました。
「おじちゃん、だあれ?」
瑠里は眠そうに目を擦りながら言いました。男は微笑んで、
「以前、瑠里様のお母様にお世話になった京亜久半蔵と言います。もう大丈夫です。お母様のところに戻りましょう」
「ありがと、おじちゃん」
瑠里は微笑んでお礼を言うと、また寝てしまいました。
こうして、瑠里拉致事件は、思わぬ展開で呆気なく解決したのでした。
めでたし、めでたし。




