樹里ちゃん、チョコをプレゼントする
俺は杉下左京。言わずと知れた、桜田門の敏腕警部だ。
今日は二月十四日。バレンタインデーだ。
普通の連中は、その日が日曜日だと悲しむらしいが、俺は違う。
日曜日の方が嬉しい。
何故なら、心も愛情もこもっていない義理チョコなんぞを渡され、ホワイトデーのお返しを強要されずにすむからだ。
同僚の神戸蘭には、金曜日に、
「義理の義理のチョコ」
と渡されてしまい、
「お返し、楽しみにしてるわ」
と言われてしまった。
何て腹黒い女だ。あのシリーズに掲載して欲しいくらいだ。
そう、タイトルは「ホワイトデー目当ての女」。
絶対仕返ししてやる。心に誓った。ホワイトデーを楽しみにしてろ、蘭!
そんな事で、今日は休み。
俺は何をするでもなく、近所を散歩していた。
「う!」
嫌な光景に出会った。公園で、バカップル共がチョコを渡したり受け取ったりしている。
「ふお!」
寒くて入った喫茶店も、そんな連中でいっぱいだ。無言のまま出る。
「くそ」
つい、毒づいてしまう。その時だった。携帯が鳴った。
「おお!」
何というタイミングだろう。御徒町樹里からだ。
「お、どうした?」
何か期待していると思われたくないので、俺は極めて普通に話した。
「杉下さん、家に来てください。差し上げたい物があります」
心の中でガッツポーズをした。しかし、言葉は冷静だ。
「そうか。わかった。用事をすませてから行くよ」
「早く来て下さいね」
携帯を切ると、俺は猛ダッシュでアパートに帰った。
そして、服を選ぶ。タキシードか?
いや、それはおかしい。そんな大袈裟な格好はまずい。
心待ちにしていたと思われる。
だからと言って、ジャージ上下という訳にもいかない。
結局、革ジャンにジーパンという、いつもの服装に落ち着いた。
この方が、期待してる感がなくていいだろう。
そして車を駆り、新宿の樹里の実家に向かった。
「いらっしゃい、左京ちゃん。待ってたわん」
由里さんが出迎えてくれた。
嫌な予感がする。もしかして、由里さんと二人きりとか?
「杉下さん、お待ちしてました」
樹里と妹達が出迎えてくれた。ホッとした。
しかし、それも一瞬だった。家に入ると、そこには目を疑う光景があった。
「おはようございます、杉下さん」
何故かそこには、ミスター無能の亀島がいたのだ。
俺はフリーズしかけた。
「さあさ、座って、左京ちゃん」
由里さんが俺を強引に隣に座らせる。
亀島はちゃっかり樹里の隣だ。あのヤロウ……。
食事会が始まる。料理がたくさん並べられ、ケーキが出て来た。
「お誕生日、おめでとうございます!」
そのケーキには、「すぎちゃん」と歪んだ字で俺の名が書かれていた。妹達が書いたのだろう。
「え?」
俺はみんなを見た。
「忘れてたんですか、杉下さん? 今日は貴方の誕生日ですよ」
「あ」
俺はすっかり忘れていた。
全国的にバレンタインデーなので、自分の誕生日だという事を記憶の奥底に封印していたのだ。
涙が出そうなくらい嬉しかった。
亀島が俺にマフラーをプレゼントしてくれた。
今まで無能呼ばわりして悪かった。心からそう思った。
樹里達が、全員で作ってくれた手編みの手袋とセーターをくれた。
「ありがとう」
俺はぼろ泣きしていた。蘭に復讐するのはよそう。あいつからは何ももらっていないけど。
そして、サプライズな俺の誕生日会は終わった。
「さてと」
亀島を送り出し、俺も帰る支度をした。
「杉下さん」
樹里が笑顔全開で声をかけて来た。
「何だ?」
「はい」
樹里がチョコを差し出した。そうか、そっちもあったのか!
「お、おう、ありがとう。今日はバレンタインだったな」
俺はチョコを受け取りながら言った。すると樹里は、
「え? バレンタインってなんですか?」
「は?」
まさかそんなオチが来るとは……。
さすが樹里だな……。