樹里ちゃん、左京にお返しをもらう
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、全民放から引っ張りだこのママ女優でもあります。
今日は樹里はお休みをもらいました。何故なら、毎日が日曜日の夫の杉下左京に合わせたからです。
「その表現、悪意があるぞ!」
頭と口は悪いですが、耳だけはいい左京は、地の文の小さな指摘を聞きつけて切れました。
「更にうるせえ!」
続けざまに切れる左京です。
「そうなんですか」
「そうなんですか」
樹里と長女の瑠里は笑顔全開で応じました。次女の冴里も笑顔全開です。
今日は、左京がバレンタインのお返しに樹里達にご馳走をするようです。
居酒屋で焼き鳥を一串くらいでしょうか?
「そんなせこいことしねえよ!」
地の文の正確な指摘に嘘八百を並べ立てようとする左京です。
「嘘じゃねえよ! 高級料亭に予約を入れたんだよ!」
どうやら、左京は遂にサラ金に手を出し、返す見込みのつかない借金をしてしまったようです。
「どこまで捏造するんだ!?」
執拗に話を歪曲する地の文に切れる左京です。
本当は探偵事務所があるビルの大家さんに大きな仕事の依頼をされて、そこそこの収入があったのは知っている地の文です。
でも、大家さんは鳥みたいな顔はしていません。
「知っているのなら、話を変えるなよ!」
血の涙を流しながら、地の文に抗議する左京です。
そして、左京がアパートの前まで乗りつけた車で、大家さんの紹介で予約した高級料亭に向かいました。
助手席にはチャイルドシートに座った瑠里、後部座席には樹里とベビーシートに乗せられた冴里がいます。
(俺は何て幸せな男なんだろう)
ニートのくせに偉そうな左京です。
「ニートじゃねえよ!」
本当はそうかもと思いながらも、取り敢えず否定する左京です。
「ううう……」
いつもより多く喋っているので、項垂れ方も際立つ左京です。
「そうなんですか」
「そうなんですか」
樹里と瑠里は笑顔全開で応じました。冴里は眠っていました。
やがて、車は料亭に到着しました。
左京は瑠里をチャイルドシートから下ろし、樹里は冴里をベビーシートから下ろします。
「さあ、行こうか、樹里……」
瑠里と手を繋いで樹里を見ると、樹里は授乳全開でした。
「ブッ!」
危うく鼻血を噴き出しそうになる左京です。
周囲を歩いている人達がギョッとして樹里を見ています。
「樹里、授乳は店に入ってからにしてくれ」
左京は樹里を庇うようにして店に歩き出しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
その料亭は全部個室で、樹里達は奥の部屋に通されました。
それぞれ、敷かれた座布団に座ります。冴里はまた眠ってしまったので、樹里が座布団を布団代わりにして寝かせました。
左京はあらかじめ部屋に置かせてもらっていた樹里達へのプレゼントを大きな袋から出しました。
「樹里、気に入るといいんだけど」
左京は樹里に小さなケースを差し出しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じ、それを受け取りました。
「開けてもいいですか?」
樹里が嬉しそうに尋ねたので、左京は微笑んで、
「もちろんさ」
樹里が蓋を開くと、そこには指輪が入っていました。
何の面白味もないと思う地の文です。
「面白味は必要ねえだろ!」
妙な期待をした地の文に切れる左京です。
「どうだい、樹里?」
左京はちょっとだけ不安になって言いました。
「ありがとうございます、左京さん。大切にしますね」
樹里が涙ぐんで言ったので、左京も目を潤ませました。すると瑠里が、
「パパ、るりにはないの?」
悲しそうな目で尋ねたので、キュンとしてしまい、
「あるある、あるよ、瑠里!」
同じく大きな袋から出しました。それは瑠里が以前から欲しがっていた魔法少女セットでした。
「わーい、まじょっこみさちゃんのまほうせっとだあ!」
大喜びする瑠里です。
まじょっこみさちゃんとは、かなり意味深なタイトルだと思う地の文です。
「また誰かが私の悪口を言っているわ、もみじ!」
どこかで、上から目線の大物作家が叫んでいるのが聞こえましたが、無視する地の文です。
「パパ、だいすき!」
瑠里は左京に抱きついてその汚い右の頬にキスをしました。
「瑠里……」
あまりにも嬉しかったので、地の文の悪口雑言にも気づかない左京です。
ちょっと悲しい地の文です。
「ママもしますね」
樹里が左の頬にキスをしました。
「樹里!」
感激した左京は樹里にキスを返しました。
「ああ、ママだけずるい! るりにもして、パパ!」
瑠里がおねだりしました。
「わかったよ、瑠里」
デレデレの左京が瑠里にお返しをしようとすると、
「ダメです」
樹里がそれを止めてしまい、左京の唇にキスをしました。
「じゅ、樹里……」
ちょうどその時、料理を運んで来た店の人が障子を開けたところで、左京と目が合ってしまいました。
左京は顔が真っ赤になりました。
「し、失礼致しました」
店の人は驚いて障子を閉じ、立ち去ってしまいました。
「パーパ、るりにもして!」
瑠里が更に左京におねだりをしました。
「ダメです」
樹里が頑としてさせません。左京は、
(樹里がヤキモチを妬いているのか?)
そう思い、ヘラヘラしてしまいました。
本当はばっちいからなのは内緒にしておこうと思う地の文です。
めでたし、めでたし。