樹里ちゃん、なぎさを祝福する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、映画監督までこなすママ女優でもあります。
今日も樹里は、次女の冴里をベビースリングで抱き、笑顔全開で出勤します。
「ママ、いってらっしゃい」
長女の瑠里が笑顔全開で言いました。
「行ってらっしゃい」
不甲斐ない夫の杉下左京もいつものように項垂れて言いました。
「行って来ますね、左京さん、瑠里」
樹里は笑顔全開で応じました。
「樹里様と瑠里様と冴里様にはご機嫌麗しく」
いつものようにいつもの人達が登場しました。
「せめて紹介してください!」
説明を端折った地の文に抗議する昭和眼鏡男と愉快な仲間達です。
いずれにしても、どこの誰なのかは告げていないので、どちらでも一緒だと思う地の文です。
「ううう……」
触れてはいけない部分に踏み込んでしまった地の文のせいで、打ち拉がれる眼鏡男達です。
「はっ!」
眼鏡男は樹里の放置プレーかと思い、慌てて顔を上げました。
「大丈夫ですか?」
すると目の前に樹里の顔がありました。
あまりの至近距離に眼鏡男は卒倒しそうです。
「だ、だ、大丈夫であります!」
敬礼をして何とか平静を保とうとする眼鏡男です。
「そうなんですか」
樹里が笑顔全開で至近距離で応じたので、
「くう!」
堪え切れなくなり、鼻血を噴き出して卒倒してしまう眼鏡男です。
「大丈夫ですか?」
樹里が更に尋ねると、
「大丈夫です。樹里様はお急ぎください」
親衛隊員達が眼鏡男をどこから持って来たのか担架に載せ、運んでいってしまいました。
いつもと違うパターンに唖然としてしまう地の文です。
「そうなんですか?」
樹里が小首を傾げて言ったので、それを見てしまった親衛隊員の一人が倒れました。
そのせいで、樹里に救急車を呼ばれてしまった親衛隊員達です。
そして、今回も何事もなく樹里は五反田邸に到着しました。
今後、眼鏡男達の出番はなくなると思う地の文です。
「そんなー!」
どこかで気絶している眼鏡男が絶叫しました。
「樹里さん、おはようございます」
もう一人のメイドの目黒弥生が挨拶しました。
「おはようございます、弥生さん」
樹里は笑顔全開で応じました。冴里も笑顔全開です。
(私も二人目が欲しいなあ)
またエロい事を考える弥生です。
「どうしてエロい事なのよ!」
顔を真っ赤にして地の文に切れる弥生です。
そんな弥生を見てこちらが恥ずかしくなる地の文です。
「何であんたが恥ずかしくなるのよ!」
更に切れる弥生です。ストレスが溜まっているのでしょうか?
「樹里さん、松下なぎさ様が……」
樹里に告げようとした弥生でしたが、いつもの病気が発症しているうちに樹里は玄関に行ってしまっていました。
「病気じゃないわよ!」
事実をありのままに報告した地の文に自分勝手に切れる弥生です。
樹里は玄関を入り、育児室で冴里に授乳をすませ、メイド服に着替えると、応接間に行きました。
「いらっしゃいませ、なぎささん」
そして、深々とお辞儀する樹里です。
「やっほー、樹里!」
なぎさはソファから立ち上がって手を振りました。
「今日はさ、樹里に相談があって来たの」
いつになく深刻な顔で言うなぎさです。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開で応じました。
「私さ、いつもより食欲があるの。朝ご飯は普段なら、どんぶりで三杯くらいか食べられない小食なのに、最近は五杯食べてもお腹がすくの」
なぎさは至って真面目に話しています。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。なぎさはソファに座って、
「それにね、最近、前は一個食べるのがやっとだったレモンを三個食べて、それでも足らないので、かぼすとゆずとグレープフルーツを食べても足らないくらいなの」
それは過食症だと思う地の文です。
「それでね、食べ過ぎのせいか、お腹が出て来てしまったので、腹筋を毎晩寝る前に千回しているんだけど、全然引っ込まないの」
なぎさが涙ぐんだので、樹里も真顔になりました。
「そうなんですか」
見当がついたと思う地の文です。
「なぎささん、腹筋をしてはいけませんよ」
樹里が言いました。するとなぎさはますます涙ぐみ、
「ええ!? ダメだよ。男子は、ぽっこりお腹の女子が嫌いだって聞いたよ。栄一郎に嫌われちゃうよ」
すると樹里は天使のような笑顔になり、
「なぎささんは妊娠したんですよ。だから、激しい運動はしてはいけませんよ」
「ええ? 私、野球なんかしてないよ」
真顔で言うなぎさです。どうやら、「三振」と聞き間違えたようです。
「赤ちゃんができたんですよ。だから、腹筋はしないでください」
樹里がもう一度言葉を変えて告げました。するとなぎさはびっくりして、
「ええ!? そうなの? 栄一郎は何も言ってなかったよ」
相変わらず意味不明な事を言い出すなぎさです。
「おめでとうございます、なぎささん。このまま病院に行ってくださいね」
樹里は笑顔全開で言いました。
「そうなんだ。私、赤ちゃんができたんだ。嬉しいよお、樹里」
なぎさは樹里に抱きついて泣き出しました。
「よかったですね、なぎささん」
樹里も少し涙ぐんで言いました。
(珍しくええ話や)
ドアの向こうで聞き耳を立てていた弥生も泣いていました。
めでたし、めでたし。




