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樹里ちゃん、自伝映画第二部の撮影にゆく

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、日本で指折りのママ女優でもあります。


「行って来ますね、左京さん、瑠里」


 今日は、樹里は自伝の映画の第二部の撮影で、オープンセットが組まれた屋外スタジオに行きます。


 決して「オープーン、ゲエット!」ではないと念を押しておく地の文です。


「いってらっしゃい、ママ」


 長女の瑠里は笑顔全開で応じました。


「行ってらっしゃい」


 いつものように貧乏神全開の左京が言いました。


「うるせえ!」


 稼ぎがないとは言わずにぼかした表現で言った地の文に切れる人の思いを踏みにじるのが好きな左京です。


「今言ったじゃねえか!」


 とことん腐った根性の左京は、更に切れました。


 すると、それに驚いたのか、樹里にベビースリングで抱かれた次女の冴里が泣き出しました。


「ああ、ごめん、冴里」


 女に泣かれるとすぐに取り乱すエロ左京です。


「娘が泣いたのにその表現は問題あるだろ!」


 執拗に地の文に嫌がらせのように切れる左京です。


「どっちが嫌がらせだよ!」


 左京は肩で息をしながら怒鳴りました。年には勝てないようです。


「左京さんのせいではありませんよ。もうお腹が空いてしまったのですよ」


 樹里は笑顔全開でマシュマロを全開にして授乳を開始しました。


「うお!」


 無防備に樹里のマシュマロを見てしまった左京は、鼻血を垂らしてしまいました。


「樹里様と瑠里様と冴里様にはご機嫌麗し……」


 そこへ狙い澄ましたかのように現れる昭和眼鏡男と愉快な仲間達です。


「くううう!」


 地の文の予想通り、鼻血を噴く眼鏡男達です。


「断じて、狙って現れた訳ではありません!」


 間欠泉のように噴き出す鼻血をティッシュを詰めて止めながら言う眼鏡男です。


「そうなんですか」


 樹里はそれでも笑顔全開で応じました。


 


 そして、いつものように何事もなく、樹里達はオープンセットに到着しました。


「では樹里様、お帰りの時にまた……」


 眼鏡男は鼻ティッシュを増強しながら敬礼しました。


「ありがとうございました」


 樹里は授乳全開でお辞儀をしました。またマシュマロがチラッと見えてしまい、ティッシュが飛び出してしまった眼鏡男達です。


「やっほー、樹里」


 そこへ親友の松下なぎさとその夫である栄一郎がやって来ました。


「おはようございます、樹里さん」


 栄一郎は相変わらず嫌な汗をハンカチで拭っています。


「おはようございます、なぎささん、栄一郎さん」


 樹里は二人にも頭を下げました。そのせいで栄一郎も樹里のマシュマロを見てしまいました。


「樹里さん、見えてますよ」


 ところが栄一郎は目を背けてそう言っただけで、鼻血を噴きませんでした。


 なぎさので見慣れているからでしょか?


「変な事を言わないでください!」


 憶測を重ねる地の文に抗議する栄一郎です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「大きくなったね、瑠里ちゃん」


 なぎさは授乳を終えて眠ってしまった冴里を見て言いました。


「なぎささん、その子は冴里ちゃんですよ」


 栄一郎が苦笑いして言いました。するとなぎさは口を尖らせて栄一郎を見ました。


「栄一郎が子供はもう少し経ってからって言うからだよ。私、もう我慢できないよ。早く子供作ろうよ、栄一郎」


 なぎさの無意識な誘惑に栄一郎は鼻血が出そうになりましたが、何とか踏み止まりました。


 周囲にいた男性スタッフもドキッとしてなぎさを見ました。


「あはは、なぎささん、そういうお話は、家に帰ってからにしましょうね」


 顔を引きつらせて無理に笑顔を作り、何とかその場を取り繕おうとする栄一郎です。


「うん、わかったよ、栄一郎。帰ったら、すぐに子供を作ろうね」


 更に無意識の誘惑をするなぎさのせいで、男性スタッフ全員が妄想を暴走させ、鼻血を垂らしました。


「な、なぎささん、声が大きいですよ!」


 顔を真っ赤にして言う栄一郎です。するとなぎさはケラケラ笑って、


「私はいつでもどんな時でも、声が大きいんだよ、栄一郎」


 男性スタッフの幾人かは、鼻血が出過ぎて悶絶しています。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 


 今日の撮影は、左京が警視庁を使い込みが発覚してクビになったところからです。


「違う!」


 捏造王の地の文に切れる事務所に向かう途中の左京です。


「左京さんと樹里さんが居酒屋を出て夜道を歩くシーンからです。夜のセットを組みますので、しばらくお待ちください」


 助監督が樹里達に告げました。後ろ手に鼻血塗れのハンカチを隠したのは内緒です。


「ばらさないでよ!」


 ありのままが好きな地の文に切れる助監督です。


「樹里さん、今日もよろしくお願いします」


 そこへ現れたのは、左京役のスケベ俳優の加古井かこいおさむです。


「スケベは余分だ!」


 正確無比な紹介をした地の文に切れる加古井です。


 そんな漫才のような事をしているうちに、セットが完成しました。


 昼間なのにすっかり夜の場面です。さすが、美術さん達です。


「では、樹里さん、加古井君、お願いします」


 助監督が言いました。樹里と加古井はセットの夜道に立ちます。


 リハーサルが終わり、いよいよ本番です。


「用意、スタート!」


 監督が号令をかけました。


 二人で歩き出す樹里と加古井です。


「あの」


 樹里が口を開きます。


「え?」


 加古井が樹里を見ました。樹里は加古井を見上げて、


「何かお話があるのではないですか?」


「ああ、そうだった」


 加古井は苦笑いして立ち止まります。


 樹里も立ち止まります。


「実は、仕事を辞めて来た」


 加古井は真顔で言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「探偵事務所でも開こうと思ってる」


 あくまでも平静を装う加古井です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開のままです。


「だから、苦労かけるかも知れない。許してくれ」


 加古井は頭を下げました。


「はい」


 そして顔を上げると、樹里が泣いています。真珠のような涙が、左右の目からポロポロとこぼれています。


「どうしたんだ、樹里?」


 加古井は驚きの表情になり、樹里の肩を掴みました。


「杉下さんが、優しいから……」


 樹里は涙で濡れている目で加古井を見上げて言いました。


「え?」


 ハッとする加古井です。そして、何も言わずに、樹里を抱きしめました。


 本当はそれで終わりなのですが、加古井も泣いていました。


(樹里さん……。素晴らしいです)


 ヘボ役者だと思う地の文です。


「うるさい!」


 感動のシーンに水を注した地の文に切れる加古井です。


 


 めでたし、めでたし。


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