樹里ちゃん、第二回大村美紗賞の授賞式に出席する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、その上、日本で指折りのママ女優でもあります。
今日は、上から目線作家の大村美紗の名を冠した「大村美紗賞」の第二回目の授賞式です。
樹里はいつの間にか美紗に出席を強制されており、五反田氏の計らいで仕事をお休みしました。
そんなところでも、どうしようもなく上から目線の嫌なバアさんだと思う地の文です。
「また誰かが私の悪口を言っているような気がするけど、幻聴なのよ!」
どこかで賢明に堪える美紗が叫びました。
病状は悪化の一途だと思う地の文です。
「行って参ります、左京さん、瑠里」
樹里は笑顔全開で言いました。
「いってらっしゃい、ママ」
髪を伸ばしている瑠里は、今まで以上に樹里に似て来ています。
「行ってらっしゃい」
無精髭を伸ばしている左京は、今まで以上に無職に見えて来ています。
「うるせえ!」
容赦ないボケを放つ地の文に全力で切れる左京です。そして、出番終了です。
「樹里様と瑠里様と冴里様にはご機嫌麗しく」
いつものように昭和眼鏡男と愉快な仲間達が現れました。
前回の一件で、再起不能になったと思われた眼鏡男ですが、見事復活を遂げました。
「ううう……」
過去の傷を穿り返した地の文のせいで、項垂れている眼鏡男です。
「まさか!」
ハッとして振り返ると、樹里と冴里は親衛隊員達と共にJR水道橋駅を目指していました。
(ああ、またしても樹里様の放置プレー……。何度味わっても、究極の感覚……)
変態道まっしぐらの眼鏡男です。
そして、今日はいつもと違い、樹里達が到着したのは一流出版社の丸川文庫です。
そこは「週刊少年ダンプ」、ファッション雑誌の「ワンワン」、経済雑誌の「皆様!」を発行している超有名企業です。
それから、税金対策のために大村美紗の推理小説も発行しています。
「また悪口が聞こえたわ! どうしてなの!?」
丸川文庫の一階ロビーでソファに寛いでいた美紗ですが、突然立ち上がって喚き出したので、周囲の人達がギョッとしました。
(薬が弱かったのかしら?)
今日は同行している娘のもみじは思いました。
「大村先生、そろそろお時間ですので、こちらへどうぞ」
美紗の担当の編集者が言いました。
「そうなの。では、参りましょうか」
美紗は不自然なほど反り返った姿勢で歩き出しました。
それを支えるようにしてついて行くもみじです。
「それより、あの事、ちゃんとしてくれまして?」
美紗は編集者に尋ねました。編集者は愛想笑いをして、
「もちろんです。姪御さんの松下なぎささんのエントリーはないです。ですから、受賞もしませんよ」
「そう。それなら安心ね。私も、血縁者に受賞させていると思われるのは嫌だから」
美紗はまるでいつもの大村美紗のような顔で言いました。
編集者はその形相の凄まじさにギクッとしました。
(また悪口を言われたような気がしたけど、堪えるのよ、美紗!)
美紗がいきなりガッツポーズをしたので、またビクッとする編集者です。
(大村先生を担当して何年も経つけど、未だに理解できていない……)
美紗の奥深さに恐れ戦く編集者です。
美紗は、前回、不本意にも賞を獲得したなぎさを毛嫌いしてるので、今回はエントリーすらさせなかったようです。
そして、美紗達は二階にある大会議室に設営された授賞式会場の隣の控え室に着きました。
「こちらでお待ちください」
編集者は逃げるようにして控え室を出て行きました。
一方、樹里達は会場に通され、決められた席に着いていました。
「おお!」
冴里に授乳を始めた樹里に男達の視線が集まります。女性スタッフが驚いて、
「すみません、授乳は女性用化粧室でお願い致します」
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
そんな事をしているうちに、いよいよ授賞式が始まりました。
編集者と編集長が土下座をして集まってもらった来賓の方々が席に着く中、壇上に設えられた椅子に美紗が仰け反った姿勢で座りました。
「お待たせ致しました。これより、大村美沙賞の授賞式を執り行います」
司会進行役の女性が言いました。客席から仕込まれたような拍手が沸き起こります。
それに対して、微笑んで応じてみせる美紗ですが、仰け反ったままなので、会場にお集まりの皆さんには見えていないのは内緒です。
そして、司会の女性が美紗の経歴を披露しますが、誰も知りたくないと思われたので、バッサリカットした地の文です。
「それでは、いよいよ、栄えある大村美紗賞の発表です」
編集者が壇上に上がり、美紗に紙を手渡します。美紗はそこに書かれている受賞者の名前を確認しました。どうやら、外国の作家のようです。
(なぎさではない)
悪魔も逃げ出すような悪い顔でニヤリとする美紗です。
「大村先生、こちらで発表してください」
女性が美紗を誘導します。美紗は相変わらず仰け反ったままで歩きます。
もみじがそれを支えてついて行きました。
「第二回大村美沙賞の受賞者は……」
美紗は気を持たせたいのか、会場を見渡して微笑みました。
全身総毛立ってしまった地の文です。
「パイン・ビーチさんの『青い消防車』です……」
受賞作のタイトルを見て、嫌な予感がする美紗です。
「やっほー、叔母様! どう? 私だって、わからなかったでしょ?」
会場の隅から姿を見せたなぎさが、手を振りながら壇上に上がって来ました。
「な、なぎさ!」
美紗がビクビクンと痙攣しました。
「いやあ、パイン・ビーチさんが姪御さんだったなんて、気がつかなかったですよ」
棒読みの台詞を言う編集者と編集長です。全部あざとい芝居だったようです。
(パイン・ビーチ……。松となぎさ……)
子供騙しのような謎を解いたもみじは唖然としてしまいました。
「ひいい!」
美紗はその場に倒れてしまいました。
「ああ、叔母様、またそれ? 気絶芸は飽きたんだけど?」
肩を竦め、全然心配していないなぎさです。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
めでたし、めでたし。