樹里ちゃん、左京に号泣される
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドにして、見事復帰を果たしたママ女優でもあります。
今日は、樹里の自伝が原作の映画の撮影のためにテレビ局のスタジオに向かいます。
「今日は、左京さんと出会った日を撮影するんですよ」
樹里が笑顔全開で告げると、
「そうなんですか」
すっかり不貞腐れているバカ夫の杉下左京は、樹里の口癖で応じました。
「懐かしいですね、左京さん」
樹里はそんな左京の子供染みた態度に気づかないのか、嬉しそうに言いました。
「一緒にテレビ局に行きましょう、左京さん」
まさか樹里にそんな事を言われるとは思わなかった左京は、びっくりして魂が耳から出そうになりました。
「そんなに驚かねえよ!」
心理描写を盛り過ぎた地の文に切れる左京です。
「わかったよ、樹里」
左京は邪な考えを押し隠して応じました。
「邪な事なんか考えていねえよ!」
捏造を頻発させる地の文にまた切れる左京です。
これから考えるのですね。
「それも違う!」
さすが、長年地の文にボケられているだけあり、突っ込みが冴えています。
こうして、樹里達は家族全員で、テレビ局に向かう事になりました。
その余波を受け、登場がカットされた昭和眼鏡男と愉快な仲間達と保育所の男性職員の皆さんです。
「そんな扱いばっかりですよ!」
どこかで愚痴を叫ぶ眼鏡男達と男性職員の皆さんです。
そして、樹里達は無事にテレビ局に到着しました。
今回は何事もなく、左京も中に入れました。
「そうなんですか」
「そうなんですか」
樹里と長女の瑠里は笑顔全開で応じました。次女の冴里も笑顔全開です。
左京はホッとして苦笑いしました。
「樹里さん、おはようございます」
そこへ映画の中で左京を演じるスケベ俳優の加古井理が現れました。
「誰がスケベ俳優だ!」
ストレート過ぎる地の文に切れる加古井です。
失礼しました、ドスケベ俳優でしたね。
「それも違う!」
更に切れる加古井です。ハッと気づくと、樹里達は奥に行ってしまっていました。
(久しぶりの樹里さんの放置プレー……。何だか快感な自分がいる)
項垂れながらもニヤける加古井を、女性スタッフ達が気味悪そうに見ながら、通り過ぎました。
そして、しばらくして本番です。
樹里の役は樹里が、左京の役は加古井が、そして、今では塀の中にいる亀島馨の役は、無名の俳優が演じています。
「無名じゃありません! そこそこ名の知れた役者です!」
懲役囚役の俳優は地の文に切れました。
「懲役囚じゃねえよ!」
更に切れる罪人です。
「どんどん悪くなっているじゃねえか!」
この辺にしとかないと、お話が終わらないのでやめておく地の文です。
亀島役は、岡山将輝と言う事務所の力だけでテレビに出ている若い俳優です。
「紹介の仕方に悪意を感じるぞ!」
岡山は地の文の表現力にイチャモンをつけました。
「岡山君、本番だよ、静かにして」
助監督に注意されるおっちょこちょいです。
「誰のせいだよ!」
また切れる岡山です。
「よーい、スタート!」
監督の号令で、撮影が始まりました。
樹里が勤めていた権藤邸の主の権藤睦美氏を殺害した容疑で逮捕され、取り調べを受けるシーンです。
なお、プライバシー保護のため、登場人物の一部は仮名となっています。
「氏名は御徒町樹里。間違いないね?」
左京役の加古井が樹里に尋ねました。
「はい、多分」
樹里は笑顔全開で応じます。加古井はイラッとして、
「多分て、どういう意味かね? 自分の名前がわからないのか?」
すると樹里は尚も笑顔全開で、
「いえ、自分の名前は自分でつけた訳ではないので、多分です。断言は出来かねます」
腕組みをして、口をへの字の結ぶ加古井です。
今度は亀島役の岡山が、
「左京さん、ダメですよ、そんな怖い顔をしては。女性への接し方が間違っています」
作り笑顔で言いました。そして、樹里を見て、
「では、次の質問です。貴方の職業は?」
樹里は笑顔全開で、
「多分メイドです」
「多分? どうして多分なのですか?」
岡山は笑顔で尋ねます。
「私、メイドの意味がよく分からないのです。ですから、多分なのです」
樹里は更に笑顔全開で、
「なるほど。それは正しい判断です」
岡山は質問を続けました。
「貴方は、被害者の権藤睦美氏の屋敷に、権藤氏が殺害されるわずか三日前に来ていますね。何故ですか?」
樹里は笑顔全開で、
「呼ばれたからです」
樹里に掴みかかりそうになった加古井を止める岡山です。そして質問を続けます。
「いえ、そういう事をお尋ねしているのではないのです。貴方は何故、権藤氏が殺害される三日前になって、急に屋敷に来たのですか?」
すると樹里は岡山を見てニコッとして、
「急にと言われましても……。だんだん来るなんていう器用な事は出来ませんので」
今度は加古井が岡山を止めました。岡山は肩で息をしています。
そして、呼吸を整えて椅子に戻り、樹里を見ます。
「質問を変えます。では何故貴方は、権藤氏の屋敷に急に来る事になったのですか?」
樹里はまたしても笑顔全開で、
「前にいたメイドの方が、だんだん辞めないで急に辞めてしまったからです」
今度は加古井と岡山がお互いを止めました。
(ううう……。懐かしい。あまりにも懐かしいやり取りだ……)
スタジオの隅でそれを見ていた左京は、その当時を思い出し、号泣しました。
めでたし、めでたし。