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樹里ちゃん、今度こそ上から目線作家の記念式典に出席する

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 先日、樹里は上から目線作家の大村美紗の作家生活三十周年の記念式典に招待されました。


 ところが、よんどころない事情で、美紗は再び式典を延期しました。


 式典を取り仕切るスタッフが、独断で姪の松下なぎさをサプライズゲストとして呼んでいたのを知ったからです。


「一体何を考えているの!?」


 美紗は烈火の如く怒り、なぎさを呼んだスタッフを直接叱責しました。


「申し訳ありませんでした!」


 スタッフは理由も聞かされないまま、美紗の説教を延べ三時間も受けました。


(もう辞めよう)


 そう思ったスタッフが大半だったのは美紗には内緒です。


「あの子には絶対に式典の事を知らせてはダメよ! 今度そんな事をしたら、許しませんからね!」


 美紗の怒りはあまりにも激しく、女子のスタッフは全員泣き出し、男性スタッフは抜け毛が酷くなりました。


 


 そして、一週間後です。


 すでに五反田邸に到着し、エロメイドの目黒弥生と庭掃除をしている樹里です。


 随分端折ったので、多くの人が泣いていると思う地の文です。


「どうして私の『エロメイド』は端折らないのよ!」


 また誰もいない空間に向かって切れる弥生です。末期症状だと思う地の文です。


「誰のせいだと思っているのよ!」


 更に症状が悪化する弥生です。


「あの子、最近、輪をかけて危ない状態なんじゃないの?」


 それを窓から見ていた有栖川ありすがわ倫子りんここと怪盗ドロントが住み込み医師の黒川真理沙こと部下のヌートに言いました。


「そうですね」


 苦笑いして応じる真理沙です。


 樹里達が庭掃除を終えた時、五反田氏と妻の澄子がリムジンで帰宅しました。


 美紗の上から目線のリムジンがミニカーに見えるくらい大きいリムジンです。


「また誰かが私の事をおとしめているわ!」


 どこかで美紗が叫んでいますが、病状の悪化を恐れて無視する地の文です。


「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」


 樹里は笑顔全開で応じました。弥生はシカトしています。


「してないわよ!」


 真っ赤な顔をして地の文の捏造に異議を唱える弥生です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「樹里さん、そろそろ大村さんの記念式典に行かないとならないよ」


 後部座席から降りた五反田氏が言いました。


「承知致しました」


 樹里は笑顔全開で応じ、その場で着替えをしようとするしばらくぶりのボケをかましました。


「樹里さん、着替えは更衣室でね!」

 

 澄子が慌てて止めました。残念そうに舌打ちする警備員の皆さんです。


「そんな事はありません!」


 地の文の鋭い指摘に素早く抗議する警備員さん達です。


「そうなんですか」


 それでも樹里は笑顔全開です。


 


 そして、着替えをすませた樹里は、次女の冴里さりをベビースリングで抱き、リムジンに乗り込みました。


「後の事はよろしくお願いします、キャビーさん」


 最後の最後で樹里にいきなり名前ボケをかまされ、否定もできずに走り去られてしまう弥生です。


「私は弥生です!」


 それでも手旗信号で伝えようとする弥生です。


 でも、樹里は手旗信号を知らないのは内緒です。


「樹里ちゃん、本当は私達の正体、ずっと前から知っていたわよね?」


 顔を引きつらせて倫子が真理沙に尋ねました。


「さあ……」


 真理沙も顔を引きつらせて応じました。


 


 そして、リムジンは記念式典が開かれるG県T市の市民ホールに到着しました。


「遠い所をようこそおいでくださいました」


 いつより重量を多めに化粧をした美紗がホールの正面玄関で出迎えました。


「本日はおめでとうございます」


 五反田氏は澄子と共に豪勢な花束を美紗に手渡しました。


「ありがとうございます」


 美紗は嘘泣きをして感動したフリをしました。


(また幻聴よ! 反応してはダメなのよ!)


 地の文の挑発に何とかえる美紗です。


 突然震え出した美紗に五反田氏と澄子は驚きましたが、


「さ、中へどうぞ」


 美紗の娘のもみじに先導されて、ロビーに入っていきます。


(一度長期入院の必要があるわね)


 今度はフッと笑っている母を見て決意するもみじです。


「そうなんですか」


 樹里はそれでも笑顔全開です。


 


 やがて、式典の開始時間になりました。


 続々と名だたる人達がホールの中に入って行きます。


 市会議員、県会議員、国会議員、内閣の閣僚、地元財界のトップもいます。


 美紗はそれを見て嬉しそうに頷いていますが、全員、五反田氏とお近づきになりたいだけで、美紗は関係ないのを知っている地の文です。


(今のこそ幻聴よ! 皆さんは私のために集まってくださったのよ!)


 どうしても現実を直視できない美紗です。やはり長期入院が必要だと思う地の文です。


 いよいよ、式典が開催されました。


 美紗の今までの作品がスライドで紹介され、映画化された作品の一部が上映されました。


「おおお!」


 樹里が登場すると一際喚声が高く上がりました。どこにでもいる隠れ樹里ファンのようです。


 何をどう勘違いしたのか、涙ぐんでいる美紗です。


(作家を続けていて本当に良かったわ)


 幸せな人だと思う地の文です。


 そして、上映が終わり、壇上で美紗の挨拶が始まりました。決して檀蜜ではありません。


「皆様、本日は私のような者のためにお時間を割いてくださり、誠にありがとうございます」


 美紗は上から目線を封印し、頭を深々と下げました。


 その時でした。


「もう、叔母様ったら、酷いわ! どうして式典が延期になった事を教えてくれないのよ!?」


 突然、なぎさが登壇して来ました。


「ひいい、なぎさ、なぎさ!」


 美紗が顔を引きつらせました。舞台の袖で見ていたもみじが慌てて駆け寄り、美紗を支えました。


「ひいい! なぎさ、なぎさ!」


 美紗は失神してしまいました。するとなぎさは、


「もう、叔母様ったら、都合が悪くなると気絶したふりをするんだから。どこかの芸人みたいね」


 号泣して逆ギレする議員よりはマシだと思う地の文です。


「そうなんですか」


 それでもやはり、樹里は笑顔全開です。


 


 めでたし、めでたし。

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