樹里ちゃん、上から目線作家から式典に招待される
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日も樹里は笑顔全開で次女の冴里をベビースリングで抱いて出勤します。
「ママ、行ってらっしゃい」
長女の瑠里はすっかり言葉も正しく話せるようになりました。
妹の冴里にお姉ちゃんの威厳を見せたいようです。
もちろん、瑠里には「威厳」という言葉はわかりません。
地の文が捏造したのは内緒です。
「行って来ますね、左京さん、瑠里」
樹里は笑顔全開で応じました。冴里も笑顔でお姉ちゃんとどこかの知らないおじさんを見ています。
「やめろー!」
地の文のポップコーン並みに軽いジョークに全力全開で怒る心の狭い左京です。
「うるせえ!」
朝から苛ついている左京です。きっと稼ぎが少ないせいでしょう。
「ううう……」
インコース高めを抉ったような地の文の指摘に項垂れてしまう左京です。
先月の半分はぐうたら所員の加藤ありさと話していただけだったのは樹里には内緒にしている左京です。
「誤解を招くような言い方をするな!」
まだ切れる元気があるので、反省していないようです。
「ううう……」
途端に項垂れる上っ面だけの謝罪が得意な左京です。名字は○木でしょうか?
「差し障りがあり過ぎるから、やめろ!」
タイムリーな毒舌ジョークを放った地の文のファインプレーを台無しにする左京です。
ハッと気づくと、すでに樹里と冴里は昭和眼鏡男達とJR水道橋駅に向かっていました。
そして、瑠里も、親衛隊の別働隊と保育所に向かっていました。
「ううう……」
今度こそ本当に落ち込んでいる左京です。
そして、樹里はいつも通り、何事もなく五反田邸に着きました。
「では樹里様、お帰りの時また」
眼鏡男達は敬礼して去りました。台詞が少なくても文句一つ言わずに淡々と役割をこなす名脇役だと思う地の文です。
「ううう……」
でも、背中で泣いているのは内緒です。
「樹里さん、おはようございます」
元泥棒の目黒弥生が挨拶をしました。
「やめてよね!」
弥生は過去をいつまでも穿り返す粘着質の地の文に切れました。
「おはようございます」
樹里は笑顔全開で応じました。弥生は苦笑いして、
「大村美紗様がお見えです」
顔を引きつらせて言いました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
着替えをすませた樹里が、いつものように紅茶を淹れて応接間に行くと、
「樹里さん、ご機嫌よう」
某テレビ局の番組のタイトルを言いました。ボケてしまったのでしょうか?
(今のは幻聴よ! 聞こえてはいないのよ!)
必死に自分に言い聞かせ、深呼吸をして気分を落ち着けようとする美紗です。
「いらっしゃいませ、大村様」
樹里は深々とお辞儀をしてから、紅茶の入ったカップをテーブルに置きました。
「先日はごめんなさいね。式典の招待状を送ったのに、私の体調が悪くて、延期になってしまって」
美紗はのけ反ったままで樹里に詫びました。全然気持ちが籠っていないと思う地の文です。
しかも、樹里には招待状を送っていない事を忘れてしまっているというボケもかましています。
(今のも幻聴なのよ! ダメよ、反応しては! 病気の思う壷よ!)
地の文の挑発的な言動にまだ堪える美紗です。全身を振るわせて我慢しています。
(あのバアさん、病気が悪化してないか?)
ドアの隙間からこっそり覗いている弥生は思いました。
貴女も時々誰もいない空間に叫んでいる事がありますよ。
「誰のせいよ!」
弥生はまた誰もいない空間に向かって叫びました。
「あの子の事が心配で、どこかに行きたくても行けないわね」
実は怪盗ドロントである有栖川倫子が、実はその部下のヌートである黒川真理沙に言いました。
「そうですね」
真理沙は苦笑いして応じました。
本当は、倫子と真理沙は五反田邸を去る予定だったのです。
しかし、五反田氏が二人を引き止めたので、まだいるのです。
美紗は紅茶を飲んでもう一度深呼吸をし、樹里を見ました。
「実はね、今度の日曜日に私の作家生活三十周年の式典を、生まれ故郷のG県のT市で開く事になりましたの。是非、五反田さんご夫妻と樹里さんにいらしていただきたいの」
美紗は愛想笑いをして告げましたが、のけ反っているので顔が妖怪みたいです。
(また幻聴? でも私は負けないわ!)
ガッツポーズをして堪える美紗です。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開で応じました。美紗は更に、
「それからこの話は、誰にも言わないでね。あの子の耳に入ると大変だから」
「そうなんですか」
樹里は誰の事かわからないまま、返事をしました。
「では、楽しみにしているわ、樹里さん。ご機嫌よう」
また某番組のタイトルを言う美紗です。
もしかすると朝ドラに嵌っているのかもしれないと思う地の文です。
「ありがとうございます」
樹里は深々と頭を下げて、美紗を送り出しました。
それから、弥生と共にいつも通りの仕事をこなしました。
庭掃除を半分程終えた頃になって、結婚して名字が替わった松下なぎさがやって来ました。
「やっほー、樹里、キャビーさん」
またいきなりの名前ボケをかまし、弥生を引きつらせるなぎさです。
「いらっしゃいませ、なぎささん」
樹里は笑顔全開で応じました。弥生は顔を強張らせて、
「いらっしゃいませ。私は弥生です、なぎささん」
「あれ? そうだっけ。まあいいや」
あっさりそう言われてしまい、更に顔が引きつる弥生です。
「ねえ、樹里、さっき叔母様が来てたでしょ?」
なぎさの質問に樹里は、
「はい、いらしてましたよ」
それを見ていた弥生は、
(そこは否定しないといけないのでは?)
妙な心配をしてしまいます。するとなぎさはクスクス笑って、
「実はさ、叔母様がG県で記念式典を開くんだけど、その式典にサプライズゲストで私が行くの。スタッフが気を利かせてくれたんだよ」
そんな気は利かせてはいけないと思う地の文です。
「叔母様の驚く顔が目に浮かぶようだよ」
なぎさは本当に嬉しそうです。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開です。
(大村先生、それは驚くだろうな)
弥生は美紗を哀れんでしまいました。
めでたし、めでたし。




