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樹里ちゃん、有栖川倫子と作戦を練る

 俺は杉下左京。五反田駅前に事務所を構える探偵だ。


 今日は朝早くから、高名な推理作家である大村美紗先生の依頼を受け、先生の愛娘のもみじさんの交際相手の調査に赴いている。


「そうなんですか」


「しょーなんですか」


 妻の樹里と長女の瑠里、そしてまだ俺の事を父親だと理解していないらしい次女の冴里さりに見送られて、アパートを出た。


 もみじさんの交際相手は大企業の御曹司で、社会勉強を兼ねて、その身分を隠し、よその会社の一社員として働いているのだそうだ。


 以前、大村先生から別の依頼を受けた時、それを知って酷く落ち込んだのを思い出す。


 今回は、その交際相手がどんな人物なのかを見極めて欲しいという依頼なのだ。


 だから、結果がどうあれ、報酬は貰えるので、ホッとしている。


 大村先生は、姪の船越なぎささんとうまくいっていない。


 まあ、俺から見れば、自由過ぎるなぎささんとうまくいく人間の方が珍しいと思うのだが。


 そのなぎささんがこれまた奇特な存在の片平栄一郎君と結婚する事になったのだ。


 片平君はまだ十八歳だが、十五歳の時にアメリカ合衆国の名門であるハーバード大学を飛び級で卒業した天才なのだ。


 日本の三流大学をお情けで卒業した俺とは頭のできが違う。


 そんな片平君が、どこでなぎささんと出会い、どういう経緯いきさつで交際するようになったのかも、大いに知りたいところだが、今回の依頼内容とは関係ないので取り敢えずやめておく。


 大村先生はなぎささんが結婚すると知り、もみじさんの今後が気になったらしい。


「私の財産目当てに近づいて来る男もたくさんいるでしょうから、もみじには男性を見る目を養って欲しいのです」


 大村先生は一人娘であるもみじさんをとても心配している。


 自分に男運がなかったので、もみじさんもそうなってしまうのではないかと不安なのだそうだ。


 あらかじめ調べた情報によると、もみじさんの交際相手の名は内田京太郎。二十五歳。


 全国に店舗を拡大している大手のホームセンター「内田ホーム」の社長の御曹司である。


 この時点で、大村先生の「お眼鏡」には十分叶っている。


 それほどの大企業の社長の子息であれば、財産目当ては考えられない。


 むしろ、もみじさんが財産目当てと思われかねない状況だ。あ、いや、それはないだろうが。


 年齢的にも、今年大学三年で、二十一歳のもみじさんとお似合いだと思う。


 まずは京太郎君が勤務している森村不動産に行った。


 幸いな事に、そこの社長である森村彬光さんは、女優だった樹里の大ファンだったそうで、話が通し易かった。


 だが、探偵業で妻の力を借りてしまう事に何となく悲しさがこみ上げてしまうのは、俺のひがみだろうか。


「内田君は非常に優秀な子ですよ。もちろん、彼が内田ホームの御曹司である事はお父上からの連絡で知っていますが、それは私だけの秘密で、他の人間は誰も知りません」


 森村社長は手放しで京太郎君の事を褒めちぎった。


 もしかすると、俺から内田ホームの社長に話が行くのを恐れ、幾分盛った話をしている可能性も否定できないと思った俺は、従業員の中でも最古参である夏樹しずかさんに話を聞いた。


 もちろん、本当の事は告げず、京太郎君の交際相手の親御さんからの依頼と濁した状態での質問である。


「内田君と結婚するお嬢さんが羨ましいですよ。私にも娘がいますので」


 夏樹さんも森村社長同様、これでもかというくらい京太郎君を誉めた。


「そうなんですか」


 思わず樹里の口癖で応じてしまった程である。


 それから、京太郎君が担当しているアパートの大家さん、管理会社の従業員、彼が一人暮らしをしているマンションの管理人さんにも調査の手を広げたが、誰一人として、彼の事を悪く言う人物は現れなかった。


 もう調査は十分だろうと判断した俺は、事務所に帰って報告書をまとめた。


「今回はバッチリそうね、左京」


 出産を終えて、呼んでもいないのに勝手に復帰した腐れ縁の加藤ありさがニヤリとして言った。


「ああ、楽と言えば楽な調査だったな」


 俺は報告書を大きめのクリップで留め、クリアファイルに挟んだ。


「じゃあ、夏のボーナス、当てにしてるわね」


 ありさがウィンクしたので、背筋に悪寒が走った。


 こいつは、本性を知らない人にはスタイルのいい美人で、芸能人の何たら涼子に似ている素敵な女性に見えるらしいのだが、裏を知っている俺にはうざい女でしかない。

 

「何か月も休んでいたお前にどうして夏のボーナスを出さなきゃならないんだよ」


 俺はありさを睨みつけた。するとありさは肩を竦めて、


「もう、冗談がわからないんだから、左京ってば」


「冗談はお前の人生だけにしとけよ」


 俺は居座ろうとするありさをフロアから追い出し、玄関の鍵を締めて、廊下を歩き出した。


「もう、左京の意地悪! 加藤君に言いつけてやるんだから!」


 ありさはイーッと言ってあかんべえまでして、俺を抜き去るとサッサとエレベーターに乗り込んだ。


「あ、おい!」


 慌てて追いかけたが、すでにエレベーターは動き出した後だった。


「あのアマ……」


 舌打ちして、仕方なく階段を降りる。以前、ある事件で何度も上り下りをして以来かな。


 なまった身体にはきついぞ。


 ロビーについた頃には、ありさの姿はどこにも見当たらず、俺は仕方なく地下の駐車場に行き、車で世田谷区の成城にある大村邸へと向かった。


 大村邸は樹里が勤務する五反田邸に近い。


 帰りはその辺りで時間を潰して、樹里と一緒に帰ろうかと思った。


(あ、瑠里を迎えに行かないとならなかったな)


 以前、うっかり忘れて、瑠里に二週間程口を利いてもらえなかった。


 多分、記憶力がいい子だから、今度同じ事をしたら、一生口を利いてもらえないかも知れない。


 大村邸からそのまま帰宅するしかないようだ。


「あ、いらっしゃいませ、左京さん」


 ドアフォンに応じて顔を見せたのは、いないはずのもみじさんだった。


「あ、どうも、ええと、お母様はご在宅ですか?」


 俺は一瞬言葉を失いそうになったが、何とか尋ねた。するともみじさんは苦笑いして、


「いるにはいるのですが、ちょっと……」


 何があったのかと思ったら、大村先生宛になぎささんから結婚式の招待状が届き、それを見た大村先生が、日取りが自分の作家生活三十周年の記念式典の日と同じなのを知り、目眩を起こして倒れたのだそうだ。


「そうなんですか」


 本日二度目の樹里の口癖で応じた俺は、出直す旨をもみじさんに伝え、大村邸をあとにした。


 妙な展開で時間にゆとりができた俺は、瑠里を迎えに行き、


「ママのところに行こうか」


 瑠里のご機嫌を取るためにそんな事を思いつき、喜ぶ瑠里を後部座席のチャイルドシートに乗せ、再び成城へと向かった。


 渋滞に巻き込まれたので、着いたのはちょうど樹里が仕事を終える時間だった。


「左京さん」


 嬉しそうに近づいて来る樹里に照れ笑いをして応じる俺。瑠里は飛び跳ねながら、樹里に近づいて行った。


 そして、冴里を後部座席のベビーシートに乗せ、家路に着いた。


 家族全員で車に乗るなんて久しぶりだな。四人家族になってから、初めてだろう。


「今日は有栖川倫子先生と打ち合わせをしました」


 樹里が今日あった事を話してくれた。


「有栖川先生は実は怪盗のドロントさんだったんです」


 樹里は笑顔全開で教えてくれた。いや、前から知ってなかったか、樹里? 俺は苦笑いした。


 なぎささんの結婚式と大村先生の記念式典の両方に呼ばれた五反田氏を救うべく、有栖川先生が得意の変装で五反田氏になり、式典に出席する事にしたそうだ。


「そうすれば、なぎささんにも大村様にも顔が立つと旦那様も喜んでらっしゃいました」


 樹里は相変わらず笑顔全開で話しているが、大村先生は面目丸潰れの気がする。


「そうか。良かったな」


 でも俺はそんな事は噯気おくびにも出さず、相槌だけ打った。


 


 ところが、それから数日後、五反田氏の元に大村先生から「式典延期のお知らせ」が届いたそうだ。


 これは良かったのだろうか? 判断が難しいな。

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