樹里ちゃん、なぎさに付き添う
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は樹里は仕事はお休みで、不甲斐ない夫だった杉下左京との離婚調停に出かけます。
「やめろー!」
何故か左京がアパートから樹里と一緒に出て来て地の文に切れました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「しょーなんですか」
後から愛娘の瑠里も出て来て笑顔全開で応じました。
「ううう……」
項垂れる姿が様になってきた左京です。
(それにしても面倒な事を頼まれたな)
左京は浮気相手の弁護士に樹里の浮気の証拠を探すように頼まれたのです。
「浮気相手じゃねえし、そんな事も頼まれてねえし!」
地の文の些細なジョークにも全力で切れる左京です。
「どこが些細なジョークだ!」
更に揚げ足を取る左京です。地の文は落ち込みました。
「付き合い切れん」
とうとう逆ギレする左京です。
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
樹里と瑠里はそれでも笑顔全開です。
実は樹里は、親友の船越なぎさの婚約者である片平栄一郎になぎさの叔母である大村美紗の邸に一緒に行ってくれるように頼まれたのです。
美紗はなぎさを毛嫌いしていますが、栄一郎はこれから先もこの状態が続くのは良くないと考え、なぎさとの結婚を機に二人の関係を改善しようと考えたのです。
栄一郎の男気に感動し、愛人に立候補したくなった地の文です。
「僕にはそういう趣味はありませんし、愛人を持つつもりもありません」
冷静にあっさりと地の文の一世一代の告白を断わった栄一郎です。
しばらく傷心旅行にバリ島まで出かけて、お面を買おうかと思う地の文です。
楽屋落ちが過ぎると呆れられるとも思う地の文です。(拙作「傷心旅行は気をつけて」参照)
そして、一計を案じた栄一郎は、樹里と左京に付き添いをお願いしたのです。
「まずは片平君達と合流しないとな」
左京は携帯で時刻を確認して、JR水道橋駅へと歩き出します。
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
樹里と瑠里は笑顔全開で左京について行きます。
(なぎささん、凄いところに住んでるんだな)
今、初めて明かされる船越なぎさの住所です。彼女は何と成城に住んでいるのです。
要するに五反田氏の邸と近いです。
そして、美紗の邸も実は成城にあります。
安直な設定に眉をひそめる地の文です。
(あまり遠くなくてよかった)
ホッとする面倒臭がりの左京です。
「う……」
図星なので突っ込みができないのも想定済みの地の文です。
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
樹里と瑠里は相変わらず笑顔全開です。項垂れ方の角度が鋭くなって来た左京です。
樹里はいつもの通勤コースなので、すいすい改札を通り抜けますが、お上りさんの左京は切符をうまく通せなくて他の乗客の顰蹙を買っていました。
「いつの時代の言葉だ!」
左京は品のない言葉を使った地の文に切れました。
「左京さん、迷子にならないでくださいね」
樹里が笑顔全開で言いました。左京は涙ぐみながら、
「うん……」
必死に樹里達について行こうと頑張りました。
早く迷子になればいいのにと思う地の文です。
「うるせえ!」
左京はいつもの調子を取り戻して、地の文に切れました。
「パパ、ばんがって」
瑠里が慣れない言葉で左京を励ましました。感動して泣きそうになる左京です。
(そう言えば、間下こ○みちゃんはどうしているかな?)
妙な事を思い出す左京です。知らない人には全く意味が不明だと思う地の文です。
そして、三人は何とか一人も脱落せずに船越邸に着きました。
「やっほー、樹里、瑠里、えーと……」
出迎えてくれたなぎさが左京を見て言葉に詰まりました。苦笑いする左京です。
「お待ちしていました、左京さん」
後ろから栄一郎が現れて、なぎさをフォローしました。でも、ツイッターではありません。
「ああ、そうそう、今度同じ名字になるんだよね」
なぎさがポンと手を叩いて言いました。キョトンとする左京です。
「あーいやいや、同じ名字ではないですよ、なぎささん」
栄一郎は額の汗を拭いながら言いました。なぎさは栄一郎を見て、
「あれ、そうだっけ? 杉下になるんじゃないの?」
やっと名字を覚えてもらえたと思う左京です。
「僕達の名字は、松下になるのですよ」
栄一郎が言いました。左京には何が何だかわかりません。
(ええと、栄一郎君は片平で、なぎささんは船越なのにどういう事?)
樹里達は居間に通され、栄一郎に説明を受けました。
「栄一郎君が松下家に養子に入って、なぎささんと結婚するんですか」
やっと意味がわかった左京です。おバカですから、三歩歩けば忘れます。
「誰が鶏だ!」
左京は的確な事を言った地の文に切れました。
そして、紅茶を一杯いただき、船越邸を出ました。
「なぎささんのお父さんとお母さんはお留守ですか?」
左京が栄一郎に尋ねると、
「お義母さんは世界大会に出かけました。お義父さんはアジア大会に昨日から行っています」
意外な答えが返って来ました。
(何だろう?)
怖くて深く訊けない左京です。
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
樹里と瑠里は笑顔全開で応じました。
「へえ、そうなんだ」
なぎさも知らなかったようです。栄一郎は苦笑いしました。
美紗の邸はそこから歩いて五分でした。
(ここからなら、五反田邸も近いぞ。何で大村先生はいつも車で現れるんだろう?)
貧乏人の左京はそんな事を疑問に思ってしまいます。
「悪かったな!」
地の文の鋭過ぎる指摘にムッとする左京です。
栄一郎は震える指でインターフォンを押しました。
「はーい」
美紗の娘のもみじの声が応じ、玄関から彼女が出て来ました。
「あ、なぎさお姉ちゃん、栄一郎君、樹里さん、瑠里ちゃん、それから……」
もみじにまで定番の事をされ、泣きそうになる左京です。
「杉下左京です」
左京は涙を堪えてもみじに名刺を渡しました。
「あ、どうも」
もみじは苦笑いして応じました。そして、
「ごめんなさい! 母はついさっき、逃亡しました!」
深々と頭を下げて詫びるもみじです。
「ええ!?」
左京は唖然として樹里と顔を見合わせました。
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
でも、樹里と瑠里は笑顔全開です。
「大村のおば様はどこへ行かれたのでしょうか?」
栄一郎が額の汗を拭いながら尋ねました。もみじは目をキョロキョロさせて、
「ええとね、どこに行ったのか、わからないの」
左京はもみじは嘘を吐いていると思いました。すると、
「何だ、叔母様ったら、こんなところに隠れちゃって!」
なぎさがズカズカと邸の中に入り、ウォークインクローゼットの中にいた美紗を見つけました。
「もう、叔母様ったら、お茶目さんなんだから!」
なぎさはケラケラ笑いながら、美紗の肩をポンポン叩きました。
「ひいい! なぎさ、なぎさ!」
途端に引きつけを起こしてしまう美紗です。
(お母様……)
項垂れるもみじです。
めでたし、めでたし。