樹里ちゃん、浮気する?
俺は杉下左京。警視庁の敏腕警部だ。
先日、御徒町樹里をデートに誘ったつもりが、母親ばかりでなく、ミスター無能の亀島までついて来て、酷い目に遭った。
それでも何とか溜飲が下がったのは、亀島がお化け屋敷に入って気を失ったからだ。
俺はそれをしっかりデジカメで撮った。奴が調子に乗った時のために使うつもりだ。
あいつの弱点がわかったのは大きな収穫だった。
そんな事があってから数日後、俺達特捜班は、銀座を中心に立て続けに起こっている宝石強盗の捜査をしていた。
「トラックで店に突っ込んで、そのまま盗み出すなんて、日本にも手荒な強盗団が現れたものだな」
俺は新しくて古い相方、神戸蘭と共に車で移動中だった。
「恐らく中国の窃盗団の仕業ね。東南アジアを中心に、各地を荒し回っているという噂よ」
相変わらず目のやり場に困るミニスカートを履き、何のために着ているのか尋ねたくなる程胸の谷間が見えているVネックのセーターを身に着けている。
「何よ、ジロジロ見て。嫌らしいわね、左京」
蘭は何故か嬉しそうにそう言う。
俺はよりを戻すつもりは全くないし、もう蘭のような強烈な女には興味が湧かないのだ。
「見ちゃいねえよ。お互いいくつになったと思ってるんだよ、蘭」
「いくつになっても、男も女も色気を忘れないようにしないと老け込むわよ、左京」
「そんなものかな」
「そんなものよ」
往年の日本映画か、というような臭いセリフを言い合い、俺達は犯行現場に向かっていた。
「えっ?」
俺は目を疑った。こんなところにいる訳がないだろう? そう思った。
「どうしたの?」
蘭が俺の動揺に気がつき、尋ねて来た。
「いや、何でもない」
俺は咄嗟に誤摩化し、車を停めた。
「ここか」
「ええ」
俺達はある宝石店の前に立った。ここが一番最近強盗団に襲われた店だ。
しかし、俺の頭はそんな事はどうでもよくなっていた。
一刻も早く、ここから去りたい。
そして、さっき目に入ったものが、見間違いだった事を確かめたいのだ。
そんな後ろめたい思いが、逆に俺を突き動かし、事情聴取は熱を帯び、捜査は核心に迫る勢いを見せた。
俺と蘭は犯行現場に残された遺留品から、強盗団と繋がりがあると思われる古物商を割り出した。
「蘭は古物商を当たってくれ。俺は付近に目撃者がいないか聞き込みをしてみる」
「了解」
蘭は車に乗り込み、現場を去った。
俺は蘭の車が見えなくなったのを確認してから、走り出した。
どこへだって? 決まってるじゃないか、そんなところにいるはずのない人物がいたような気がしたんだ。
それを確かめるために、ある喫茶店に立ち寄った。
「げっ」
見間違いではなかった。俺の視力は2・0なのだ。いや、今はそんな事を自慢しているときではない。
そこにいたのは、間違いなく御徒町樹里だった。
いや、別に樹里が喫茶店にいるのは不思議ではない。
以前は勤めていた事すらあるのだから。
問題は、樹里と向かい合って座っている男だ。
かなり年齢が離れているようにも見える。
楽しそうだ。樹里はいつでも楽しそうな顔をしているが、俺にはあんな笑顔を見せてくれた事がない。
嫉妬している。そう、ジェラシーって奴だ。
まさか? 「男」か? そんな……。俺と樹里は気持ちが通じ合えたのではないか?
俺の思い過ごしだとしても、何か悔しい。
あっ、いかん。二人が店を出るぞ。
俺は店員に思いっきり不審の目で見られているのを感じながら、慌てて外に出た。
そして、物陰に隠れる。
二人が出て来た。
おお、抱き合ってる。何て事だ! まさか、キスした!
ああ、気を失いそうだ。
ああ、男が去って行く。樹里は手を振っている。男は人混みに紛れた。
俺は意を決して樹里に近づこうと物陰から出た。
「杉下さんですか?」
はっ? 思わぬ方向から声が聞こえた。
「えっ?」
振り返るとそこに樹里と由里さんがいた。
ど、ど、どういう事?
「あーら、左京ちゃん。偶然ね」
いつものトーンで由里さんが言う。俺はしばらく何が何だかわからなくなってしまった。
そして、さっきの喫茶店。
事情は由里さんから聞いた。
さっきまで喫茶店にいたのは、樹里の姉の璃里。そして、彼女と会っていたのは、璃里の夫。年の差婚なのだそうだ。
「にしても、よく似てますねえ、ホントに」
由里さんと璃里さんと樹里は、ほとんど見分けがつかない。
この三人が事件を起こしたら、捜査は難航するだろう。
「ははーん、左京ちゃん、さては勘違いして嫉妬してたなァ」
由里さんがとんでもない事を言い出す。璃里さんがニッコリして、
「まあ。誰に嫉妬していましたの?」
とおっとりした口調で尋ねる。俺は璃里さんを見て、
「い、いや、別に嫉妬なんかしてませんよ」
「またまたァ。無理しないの」
由里さんは本当に面白がっている。
「いくら私と璃里が似ているからって、私が浮気しているなんて思わないでよ、左京ちゃん」
由里さんの途方もなく自分に都合のいい解釈だった。
由里さんと璃里さんは笑っていたが、何故か樹里は笑っていなかった。
もしかして、樹里が俺に嫉妬? まさかね。
俺は捜査の途中だったので、喫茶店を出る事にした。
「杉下さん」
由里さんと璃里さんが先に出てしまい、俺が支払いをしていると、樹里が近づいて来た。
「何だ?」
樹里は何故か怒っているようだ。今まで彼女が怒っているのは見た事がない。
「浮気はダメです」
「いでで」
俺は樹里に思い切り右の二の腕を抓られた。
樹里はそのまま出て行ってしまい、三つ子みたいな三人は歩き去った。
「いてえよ、樹里……」
俺は何となく嬉しくてニヤついてしまった。
レジの店員が気持ち悪そうに俺を見ているのには全く気づかなかった。