樹里ちゃん、自伝の原稿を確認する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日も樹里は愛娘の瑠里を保育所に送ってから、出勤です。
不甲斐ない夫の杉下左京は今日も戻って来ていません。
とうとう犯人に撃ち殺されたようです。
惜しくない人を亡くしたと思う地の文です。
「そこは惜しい人だろ! 死んでねえけど!」
熱血女性弁護士と一夜を共にした左京がどこかで切れました。
「共にしてねえよ!」
更に切れる左京です。今日は調子がいいようです。
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
それでも樹里と瑠里は笑顔全開です。
「樹里様にはご機嫌麗しく」
昭和眼鏡男と愉快な仲間達がいつも通りに登場です。
前回、瑠里を樹里の母親である由里の家まで送り届けるというイレギュラーな使命を帯びた眼鏡男達でしたが、到着するまでに幾度となく警察官に職質されたのは内緒です。
「だから内緒にしてください!」
血の涙を流して地の文に抗議する眼鏡男です。
季節外れのトレンチコートを着たムサい男達が六人で、瑠里のような可愛い女の子を連れていれば、疑われて当然だと思う地の文です。
日本のおまわりさんは頑張っているとも思う地の文です。
「ううう……」
反論できない程打ちのめされている眼鏡男達です。
職質のたびに瑠里が平井蘭警部の連絡先を教えて、おまわりさんが蘭から説明を受け、眼鏡男達は解放されました。
(瑠里様には一生頭が上がらない)
尊敬の眼差しで瑠里を見ているのがまた危ないと思う地の文です。
「そうなんですか」
「しょうなんですか」
それでも相変わらず笑顔全開の樹里親子です。
保育所に着くと、男性職員の皆さんは何故かいませんでした。
どうやら、女性職員の皆さんに騙されて、研修旅行に行ったようです。
邪魔な人がいる時は研修旅行に行かせるのは、作者の常套手段のようです。(その通りです 作者)
(何とギスギスした職場なのだろう)
眼鏡男達は対立する立場とは言え、男性職員の皆さんに同情しました。
そして、樹里は何事もなく五反田邸に到着しました。
「では樹里様、お帰りの時にまた」
眼鏡男達は敬礼して去りました。また職質されるかも知れないと思う地の文です。
「ひいい!」
トラウマになったのか、怯えながら去る眼鏡男達です。
「樹里さん、おはようございます」
そこへ目黒弥生がやって来ました。
「おはようございます、弥生さん」
樹里は笑顔全開で挨拶を返しました。
「出版社の方がいらしてますよ」
弥生が告げました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
弥生は何故か不満そうです。地の文がからかわないからでしょうか?
変態道を突き進んでいると思う地の文です。
「違うわよ!」
弥生は身体が小さいので、すでにお腹の赤ちゃんが負担のようです。
「弥生さん、辛かったら、休んでくださいね」
樹里が真顔で言いました。弥生は涙ぐんで、
「ありがとうございます、樹里さん」
その仕草にキュンとした地の文ですが、やっぱり黒川真理沙の方が可愛いと思いました。
「何よ!」
元気に切れる弥生です。休む必要はなさそうだと思う地の文です。
樹里がメイド服に着替えて応接間に行くと、詐欺師の二人がソファにかけて待っていました。
「詐欺師じゃない!」
鵜曽月出版の麻生津玖代とルポライターの唐潮悦三が切れました。
「樹里さん、自伝のご確認をお願いに伺いました」
津玖代がバッグから自伝の原稿が印刷された紙を束ねたものを出しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。唐潮が、
「お姉さんやお母さんやいとこの方達などご親戚の方にも取材させていただいて、やっとできあがりました」
如何にも俺は骨を折ったんだぞアピールが鼻につく唐潮です。
「そんなつもりはない!」
涙目で地の文に抗議する唐潮です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で原稿を受け取りました。
「間違っているところがありましたら、おっしゃってください」
津玖代が笑顔で言うと、樹里は立ったままで原稿を読み始めました。
「樹里さん、ページ数で四百ありますので、おかけになってお読みください」
津玖代が慌てて言うと、樹里は、
「読み終わりました」
笑顔全開で言いました。樹里は速読術も会得しています。
「えええ!?」
仰天する津玖代と唐潮の熟年カップルです。
「熟年でもカップルでもありません!」
全力否定の津玖代の反応を見て少しだけ悲しそうな顔になる唐潮です。
樹里は津玖代にページを開いて原稿を見せながら、
「母親の由里の出身地はG県のM市ではなく、S市です。それから、姉の璃里は今年二十六歳です。父の赤川康夫と母は離婚はしていますが、今でも仲が良い友人です」
由里に聞いたのと全然違うので唖然とする唐潮です。
由里が適当世界選手権の優勝候補なのを知らないようです。
「それから、私と左京さんが出会ったのは二〇〇九年の九月十一日です。瑠里の誕生日は その二年後です」
樹里の指摘に唐潮は慌ててメモを取りました。
訂正箇所は全部で百カ所以上に及び、また唐潮は白髪が一気に増えました。
このままだと完成する頃には真っ白に燃え尽きそうだと思う地の文です。
「来週は、杉下左京さんの自伝の取材に来ます」
ヘロヘロになった唐潮を支えながら、津玖代が言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
めでたし、めでたし。