樹里ちゃん、もう一度取材される
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
そして、短い期間でしたが、日本映画の歴史を塗り替えてしまいそうな女優でもありました。
その経歴もあって、ある怪しげな出版社から自伝を出さないかと持ちかけられました。
明らかに今流行りの詐欺だと直感した地の文です。
「違います!」
鵜曽月出版の編集者である麻生津玖代が切れました。
樹里はすでに五反田邸に到着しており、津玖代とルポライターの唐潮悦三が応接間にいます。
瑠里は以前利用していた育児室で遊び疲れて眠っています。
よって、不甲斐ない夫だった杉下左京も、昭和眼鏡男と愉快な仲間達も、保育所の男性職員の皆さんも声の出演すらありません。
「不甲斐ない夫だったってちょっと引っかかる表現だぞ!」
熱血弁護士とイチャイチャしている左京が地の文の語彙の豊さに嫉妬して切れました。
そして、出演終了です。もうキレ芸もお伝え致しません。
「いらっしゃいませ、うそをつくよさん、はなしをねつぞうさん」
樹里は笑顔全開でお決まりのボケをかましました。
「違います!」
津玖代と唐潮が他人とは思えないようなコンビネーションでハモって切れました。
どうやら二人は付き合っているようです。
「付き合っていません!」
津玖代が全力否定したので、ちょっとだけ悲しい唐潮です。
「今日は、樹里さんの幼少時のお話を伺いに来ました」
唐潮は前回の事を踏まえ、言葉遣いに注意しながら言いました。
ある意味、樹里は某暴力団の人達より質が悪いと思っている唐潮です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
(私の話が出て来るのはいつかなあ)
ドアの隙間から覗いているエロメイドの目黒弥生です。
「エロメイドじゃありません!」
弥生は最近すっかり黒川真理沙にご執心の地の文に嬉しそうに切れました。
「嬉しくなんかないわよ!」
更に喜びのあまり切れる弥生です。
「もうどうにでもして……」
地の文の自由奔放さに項垂れる弥生です。
「樹里さんは、小さい頃はどんなお子さんでしたか?」
唐潮が作り笑顔で尋ねました。
「そんな言い方しなくてもいいだろ!」
地の文の的を射た表現にイチャモンを付ける唐潮です。
「小さかったです」
樹里は笑顔全開で応じました。唖然とする唐潮と津玖代です。
(どう質問すれば、こちらの思う答えを引き出せるんだ?)
またヘトヘトになって帰る自分を思い描き、泣きそうになる唐潮です。
「私の質問の仕方がまずかったですね。小さい頃の樹里さんはどんな事をして過ごしていましたか?」
唐潮は顔を引きつらせたままで言いました。すると樹里は、
「朝起きて、顔を洗ってご飯を食べて……」
そこまで言った時、
「そういう事じゃなくてですね、どんな遊びをしましたか?」
少し苛ついた唐潮が呼吸を荒くして樹里の話を遮りました。
「部屋を掃除したり、ご飯を炊いたり、 洗濯をしたりしていました」
樹里の答えにギョッとした唐潮ですが、
(そうか、小さい頃は貧しかったので、遊ぶ事ができなかったのか)
いい話になりそうだと思いました。
「お母さんが仕事で朝早くからいないので、自分達でしていたのですね?」
唐潮はさもわかりますというような顔で応じました。
「そんなつもりはない!」
鋭い推理をする地の文に切れる唐潮です。
「母は朝はお酒を飲んでいたので、私と姉の璃里が家事をこなしていました」
いきなりの急展開に唐潮は思わずペンを落としてしまいました。
(このまま自伝にして大丈夫なのか?)
不安になって津玖代を見ますが、津玖代は目を背けています。
心が折れそうになる唐潮です。
「ええとですね、お父さんはどうしていたのですかね?」
前回は名前を聞いただけで終わった父親の事を今日こそは訊き出そうと身を乗り出します。
「父はほとんど家に帰って来ませんでした」
樹里の話に涙ぐんでしまう唐潮です。
(そんな幼少時代を過ごしたのか……)
想定していたのと全然趣きが変わりそうで、どうしたらいいのか迷い始める唐潮です。
「帰って来ないと言うと、どこかに愛人、あいや、別宅があって、そちらに入り浸りとかですか?」
唐潮は心を鬼にして尋ねました。何があっても「捏造」はしないと決めたのです。
改心したようだと思う地の文です。
「そうじゃねえよ!」
調子に乗った地の文にきっちり切れる唐潮です。
「父はNASAで宇宙開発事業に携わっていたので、月に一度くらいしか帰れませんでした」
更に急展開する樹里の話に茫然自失の唐潮と津玖代です。
唐潮は何とか気を取り直し、
「お母さんはどうしてお酒を朝から飲んでいたのですか? お父さんがたまにしか家に帰らないので、不満が溜まっていたとか?」
また鋭く切り込みました。
「一晩中占いの仕事をしていたので、朝しか飲めないからです」
更に急展開な話についていけなくなりそうな唐潮と津玖代です。
「またお邪魔しますね……」
唐潮はそこまでで精根尽き果て、津玖代に肩を貸してもらって五反田邸を去りました。
「お疲れ様でした」
樹里は深々と頭を下げて二人を見送りました。
「自伝ができるのが楽しみですね、弥生さん」
笑顔全開で言う樹里に苦笑いする弥生です。
めでたし、めでたし。