樹里ちゃん、自伝の出版を提案される
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日はメイドの仕事はお休みで、不甲斐ない夫の杉下左京の探偵事務所の掃除に来ています。
そんな事は浮気相手の熱血弁護士にさせればいいと思う地の文です。
「浮気相手じゃねえよ!」
どこにいるのかわからない左京が地の文の鋭い指摘に切れました。
「俺も事務所にいるだろ!」
左京は似合わないジャージ上下で切れました。
如何にも自分は掃除を頑張っているぞアピールが強くて鼻につくと思う地の文です。
「そうなんですか」
「しょうなんですか」
ピンクの可愛いジャージ上下の樹里と愛娘の瑠里は笑顔全開で応じました。
「左京さん、熱血弁護士って誰ですか?」
樹里が笑顔全開で心臓が止まりそうになるような事を左京に尋ねました。
「あはは、このビルの最上階にいる気の強い女の弁護士だよ。発言が意味不明だから、関わらない方がいい」
妙にソワソワして答える左京です。狼狽えぶりが怪しいと思う地の文です。
「そうなんですか」
「しょうなんですか」
それでも樹里と瑠里は笑顔全開で応じました。
「熱血弁護士の人は女性だったのですね」
樹里は他意なく言いました。左京は生命活動を停止しそうになりました。
(俺、墓穴を掘ってるのか?)
今頃気づいたバカな男です。
「うるせえ!」
左京は正直にしか生きられない地の文に切れました。
「ゴミを片づけたら、随分事務所が広々したなあ。ありがとう、樹里」
左京は片づけられない症候群を棚に上げて、樹里にお礼を言いました。
「いちいちうるせえよ!」
左京は細かい事が気になる性格の地の文に再度切れました。
「私は左京さんの妻で、この事務所の職員なのですから、当然ですよ」
樹里は笑顔全開で感動的な事を言いました。つい涙ぐんでしまう地の文です。
「そうか……」
左京は地の文の真似をして泣いているフリをしました。
「真似じゃねえし、フリでもねえよ!」
カルシウム不足の左京は何の罪もない地の文に切れました。
その時、ドアフォンが鳴りました。
「はい」
左京はドアを開きました。するとそこには詐欺罪で何度か逮捕されていそうな顔の三十代前半と思われる痩せ細ったパンツスーツ姿の女性が微笑んで立っていました。
「詐欺罪で逮捕された事はありません!」
その女性はまだ捕まった事がないのを地の文に誇りました。
「その表現、語弊があるでしょ!」
更に切れました。
「あの、どういったご用件でしょうか?」
左京が訝しそうな顔で尋ねました。すると女性はハッとしてショルダーバッグから名刺を取り出し、
「私、こういう者です」
左京は手渡された名刺を見ました。
「うそつき出版?」
左京が言うと、
「鵜曽月出版です! 私はそこの編集者の麻生津玖代です」
うそをつくよさんが慌てて言い直しました。
「あ・そ・う・つ・く・よです!」
流行遅れの言い方を真似て地の文に切れる麻生さんです。
「あの?」
更に訝しそうな顔をする左京に気づき、
「あ、こちらに元女優さんの御徒町樹里さんがいらっしゃると聞いて、お邪魔しました」
麻生さんは奥にいる樹里に会釈しながら言いました。
「そうなんですか」
樹里が笑顔全開で応じると、麻生さんは左京を押しのけて中に入り、
「ああ、お初にお目にかかります、麻生です」
樹里にも名刺を渡しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。左京は押しのけられたのでムッとしますが、
「そして、こちらが名探偵の杉下左京先生ですね?」
歯が浮きまくるような見え透いたお世辞を言われたので、
「いやあ、それほどでもありませんよお」
照れるバカ探偵です。
「うるせえ!」
もう一度地の文に切れる左京です。
樹里は麻生さんにお茶を淹れ、ソファに座ってもらいました。
「実はですね、樹里さんの自伝を弊社で出版致したいと思いまして、そのご提案に伺いました」
麻生さんはバッグの中からご提案書と書かれたファイルを取り出して、テーブルの上に広げました。
「自伝、ですか?」
瑠里を抱いて、樹里と並んで向かいのソファに座った左京が言いました。麻生さんは営業スマイル全開で、
「はい。樹里さんの程才能がありながら、短期間でサッと芸能界を去ってしまわれた方はあまりいません。ですから、樹里さんの事をもっと多くの方々に知っていただこうと思いまして」
グイッと樹里に顔を近づけました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「A4版のハードカバーで大々的に出版させていただきたいのです」
左京は麻生さんの話を聞いていて何か引っかかるものを感じていました。
(ひょっとしてこれ、詐欺じゃないか?)
時々だけ勘が冴えるヘボ探偵です。
「またうるせえよ!」
左京は信念の元に発言をしている地の文に切れました。
(自費出版だとか、共同出版だとか言って、結局樹里に全部負担させる手口だろう。舐めやがって)
左京は麻生さんの発言を一言一句聞き逃すまいと意識を集中させました。
「まず、初版は五千部程刷らせていただきます。重版がかかれば、更に印税が入ります」
麻生さんは樹里ににじり寄りながら話を進めます。
「でも、私、文章は苦手ですから」
樹里が笑顔全開で言うと、麻生さんは待ってましたとばかりに、
「いえ、書いていただく必要はありません。専門のライターが樹里さんに話を聞いて、それを文章に起こします。その原稿を樹里さんに最終的に確認していただいて、出版という形に致します」
(あれ?)
左京は拍子抜しました。どうやら詐欺ではないようです。詐欺みたいな社名と名前なだけのようです。
「如何でしょうか?」
麻生さんは涙ぐむという迫真の演技で樹里を見つめました。
「夫と相談させてください」
樹里は左京を見て言いました。すると麻生さんは、
「杉下先生の取り扱った事件も自伝という形で出版を考えております。セットで考えていただけるとありがたいのですが?」
更に殺し文句を使って来ました。
「是非お願いします」
左京は麻生さんの手を握って言いました。
「ありがとうございます」
ちょっとだけ顔を赤らめて言う純情な麻生さんです。
(杉下さんの自伝はあくまで税金対策だなんて言えない)
嫌な汗を掻きながら、愛想笑いする麻生さんです。
こうして、樹里は自伝を出す事になり、もう一度ライターと共に麻生さんが事務所に来る事になりました。
「凄いな、樹里」
自分の自伝が税金対策だとも知らず、ウキウキしている左京です。
「はい。親戚の人に話して買ってもらいますね」
樹里は笑顔全開で言いました。
御徒町一族は日本全国に一万世帯はありますから、一万部は確定だと思う地の文です。
できれば左京の自伝も一緒に買って欲しいと思う地の文です。
そして、この先どうなるのか楽しみな地の文です。