樹里ちゃん、映画の試写会に招待される
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
いつものように不甲斐ない夫の杉下左京に愛娘の瑠里を託し、笑顔全開で出勤します。
「樹里、まだ大丈夫なのか?」
今回は台詞がある左京は緊張気味に言いました。
「緊張してねえよ!」
左京は図星を突かれて大慌てで切れました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
「ママ、いってらっちゃい」
瑠里も笑顔全開です。
「左京さん、瑠里、行って参ります」
樹里は左京の質問をあっさりスルーして出かけてしまいました。
左京は項垂れたまま、樹里を見送りました。
「樹里様にはご機嫌麗しく」
昭和眼鏡男と愉快な仲間達が敬礼して挨拶しました。
「おはようございます」
樹里は笑顔全開で応じました。
「パパ、いくよ」
瑠里が項垂れている左京を促します。
「うん……」
左京は瑠里と手をつないで保育所に向かいました。
熱血女性弁護士から別れを告げられたのでしょうか、元気がありません。
「違うよ!」
左京は唐突に話を捏造する地の文に切れました。
そして、何事もなく、樹里は邸に到着しました。
「樹里さん、おはようございます」
顔色が悪い目黒弥生が挨拶しました。悪阻でしょうか?
「もう終わったわよ!」
弥生は過去の事を持ち出してテンションを下げようとする地の文に切れました。
「大村美紗先生がお見えです」
弥生の顔色が悪いのは大嫌いな上から目線作家の大村美紗が来ているかららしいです。
美紗にこっそり告げ口しようと思う地の文です。
「やめてよ!」
弥生は涙ぐんで地の文に抗議しました。
しかし、すでに弥生派から真理沙派に乗り換えた地の文は無視しました。
「何でもするからやめて!」
弥生が土下座したので、許してあげようと思う地の文です。
来週はデートもしようと思います。お別れのキスもおねだりしましょうか?
「告げ口していいわよ」
弥生は半目で言いました。今度は軽く落ち込む地の文です。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
樹里が着替えをすませて応接間に行くと、美紗はソファにふんぞり返っていました。
相変わらず無理な体勢のバアさんだと思う地の文です。
「また悪口が聞こえたわね。どうしてなのかしら? お医者様には異常はないと言われたのに」
天井を見渡して美紗は呟きました。お医者様を変えた方がいいと思う地の文です。
「ほら、まただわ。今、聞こえたでしょ、樹里さん? 誰かが私の悪口を言ったわよね?」
美紗はすがるような目で樹里を見ました。
「おはようございます、大村様。私には何も聞こえませんでした」
笑顔全開で事務的に答える樹里です。美紗は顔を引きつらせましたが、
「まあ、それはいいわ。今日は樹里さんにお願いがあって来たのよ」
またふんぞり返って言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「実はね、今度の日曜日に、私の新作の映画の試写会があるので、それに貴女を招待してあげるの。ありがたいでしょ?」
とてもお願いとは思えない言い方をするバアさんです。
(また悪口が聞こえたけど、言っても無駄ね)
美紗は騒ぐのを我慢して、作り笑いをして樹里の返事を待ちました。
「大変申し訳ありません。その日は旦那様と出かける事になっております」
樹里は深々と頭を下げて詫びました。
こんな上から目線の失礼なババアに詫びる必要はないと思う地の文です。
「ほら、今も誰かが私の悪口を言ったわ! それも今までで一番酷い言葉よ! 聞こえたわよね?」
美紗は荒々しく息をしながら樹里を睨みつけて言いました。
「いえ、聞こえませんでした」
樹里はそれにも関わらず、笑顔全開で否定しました。意識が飛びそうになる美紗ですが、
「五反田さんと出かけるのであれば、仕方ないわ。大丈夫よ、樹里さん。そちらの方を優先させてね」
何とか堪えて言いました。
「ありがとうございます」
樹里はもう一度深々と頭を下げました。
美紗は樹里が淹れてくれた紅茶を飲むと、ソファから立ち上がりました。
「これからプロデューサーと打ち合わせなのよ。紅茶、美味しかったわ」
美紗は心にもないお世辞を言いました。
(また悪口が聞こえるような気がするけど、本当は聞こえていないのよね)
美紗は地の文の嫌がらせに堪えてしまいました。悲しくなる地の文です。
「五反田さんとどこへお出かけなの?」
美紗は気になったので尋ねました。すると樹里は、
「奥様とお嬢様もご一緒に、なぎささんの映画の試写会に行く事になっています」
笑顔全開で死刑宣告にも匹敵する事を言いました。
「な、な、なぎさ!?」
美紗の血圧が急上昇しました。顔が真っ赤になり、呂律が回らなくなります。
「ひ、ひ、ひー!」
美紗は引きつけを起こし、ソファに倒れ込みました。
「大村様、しっかりなさってください」
樹里は七百八ある資格のうちの看護師の顔になりました。手際よく美紗の身体をソファに横にし、脈拍と呼吸を確認し、瞳孔をチェックしました。
「なぎさ、なぎさ、なぎさ……」
美紗は気を失いながらもまだなぎさの名前を呼び続けました。
「大村様も、なぎささんの映画の試写会に出席なさりたかったのですね」
樹里はとんでもない思い違いをしていました。
「なぎささんの試写会は応募が多かったので、もう一度しますから、そちらに出席なさってください」
樹里が美紗に言いました。美紗はそれを聞いて更に、
「ひいい!」
引きつけの倍返しをしました。
めでたし、めでたし。