樹里ちゃん、再び麻耶に相談される
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
いつものように樹里は出勤の準備をしています。
「樹里、もうそろそろ仕事を休んだらどうだ? 以前よりお腹が大きくなるのが早い気がするぞ」
不甲斐ない夫を演じさせたら、アカデミー賞の有力候補間違いなしの杉下左京が言いました。
「誰がオスカーだ!」
左京は例えが途方もない地の文に切れました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「双子かも知れませんね」
樹里の言葉に左京は蒼ざめました。
(そんな……)
今でも家計は地獄車なのに、双子が生まれたら一家は路頭に迷うと思う左京です。
「誰が柔道一直線だ!」
左京は誰も知らない昭和の漫画を言って切れました。
桜木賢一さんに怒られそうです。
「そ、そうなのか?」
恐る恐る樹里に尋ねるビビリな左京です。
「わかりません」
樹里は笑顔全開で応じました。左京は石化しかけました。
まだ生まれて来る子の性別も確認していないのです。
「どちらにしても、もう危ないから仕事は休んでくれ。俺も気が気じゃないんだよ」
左京が涙ぐんで言うと、
「左京さんが睡眠時間も削って仕事をしているのに、私だけ休んでいる事はできません」
樹里は悪気なくそう言いました。左京の心臓に樹里の言葉が鋭いナイフのように突き刺さりました。
「くうう……」
ダメージが大きい左京です。左京はアパートに帰ると夜遅くまで起きています。
樹里は左京がアパートでも仕事をしていると思っているのです。
本当は仕事がなくて事務所で昼寝ばかりしているので、夜眠れないだけなのは内緒です。
「ばらすなよ!」
左京は充血した目で地の文に切れました。
「だから樹里、そうじゃなくてな……」
樹里を見ると、すでに昭和眼鏡男達と共に駅へと向かっていました。
「いってらっちゃい、ママ」
愛娘の瑠里が笑顔全開で手を振っています。左京は項垂れ全開になりました。
「パパ、行こ」
瑠里が項垂れたままの左京を引き摺るようにして保育所に向かいました。
樹里はいつもの如く、何の障害もなく五反田邸に到着しました。
「ではまたお帰りの時に」
眼鏡男は少ない台詞をこなし、敬礼して去って行きました。
心なしか、眼鏡男達が背中で泣いているような気がする地の文です。
「樹里さん、おはようございます」
メイドの目黒弥生が挨拶しました。
「おはようございます」
弥生のお腹も大きくなっています。何日出ていないのでしょうか?
心配な地の文です。
「便秘じゃないわよ!」
弥生は下品な冗談を言う地の文に切れました。
「樹里さん、麻耶お嬢様がお待ちです」
弥生が耳元で囁きました。
「そうなんですか」
樹里も弥生の耳元で囁きました。
「ああん」
耳が弱点の弥生は呻いてしまいました。
「もう、樹里さん、耳元で囁くのはやめてくださいよ」
苦笑いして言う弥生ですが、樹里はすでに邸の中に入っていました。
(またやられた……。どんどん快感になってしまう……)
樹里の放置プレーの虜になってしまった弥生です。
樹里は着替えをすませ、お茶を淹れて五反田氏の愛娘の麻耶の部屋に行きました。
麻耶は今日は学校をサボったようです。
不良娘になってしまったと思う地の文です。
じぇじぇじぇだとも思うミーハーな地の文です。
「違うわよ!」
大映テレビのような展開を想像した地の文にわざわざ廊下に顔を出して抗議する麻耶です。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。
「今日は先生方が研修旅行で学校が休みなの」
麻耶は樹里に言いました。
「そうなんですか」
樹里は麻耶の部屋に入りました。
「お茶をどうぞ」
樹里は程良い温度に冷ました緑茶を入れた茶碗を麻耶の机に置きました。
「ありがとう、樹里さん」
麻耶はそれを一口飲んで、フウッと溜息を吐きました。
「樹里さん、前に進路の事で相談したでしょ?」
麻耶は深刻な顔で樹里を見ました。
「はい」
樹里は笑顔全開です。麻耶は少しだけ顔を引きつらせました。それでも気を取り直し、
「お父さんに言ったら、はじめ君と同じ中学に行ってもいいって言われたの」
はじめ君とは麻耶のボーイフレンドです。市川はじめがフルネームです。
決して、親戚に泥酔する歌舞伎役者はいません。
「そうなんですか。良かったですね」
樹里は笑顔全開で応じました。ところが麻耶は、
「良くないのよ。お父さんは、中学に行くのはいいが、はじめ君と付き合うのは許さないって言ったの」
目に涙を浮かべる麻耶を見て、五反田氏を暗殺するのは今でしょと思う地の文です。
「ダメよ、お父さんにそんな事したら!」
麻耶は暴走しかけた地の文を窘めました。
地の文は危ういところで道を踏み外さずにすみました。
麻耶に倍返しでお礼をしたい地の文です。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開で応じました。麻耶はとうとうムッとして、
「もう、樹里さんたら、真面目に話を聞いてないの?」
すると樹里は笑顔のままで、
「旦那様ははじめさんに嫉妬しているのですよ。本気で付き合わせたくないと思っていらっしゃいませんよ」
「え?」
麻耶は樹里の意外な推理に驚きました。
「お嬢様が、はじめさんと変わらないくらい旦那様を愛しているという事をお伝えすれば、旦那様は良いお返事をしてくださると思いますよ」
樹里は再び笑顔全開で言いました。
「そうなの?」
麻耶は涙を拭って笑顔を見せました。樹里は大きく頷き、
「そうですよ。大丈夫ですよ、お嬢様」
「うん!」
麻耶は笑顔全開になりました。
「ありがとう、樹里さん。お父さんが帰って来たら、私がどれほどお父さんの事が好きか、話すわ」
「はい」
樹里は笑顔全開で応じました。
(さすが樹里ちゃんね)
ドアの隙間から覗いていた弥生が感心しました。
エ・ロ・メ・イ・ド。エロメイドです。
「エロメイドじゃないわよ!」
弥生は最後の最後で地の文に切れました。
めでたし、めでたし。