樹里ちゃん、遊園地にゆく
俺は杉下左京。警視庁の敏腕警部だ。
そう、昇進した。決して試験で不正をした訳ではない。
事件で重傷を負って入院中に勉強もしたのだ。
必死だった。
元恋人の神戸蘭から突きつけられた特捜班復帰の条件は、昇進試験に合格する事だったからだ。
そんな簡単に昇進試験に受かるはずがない、と陰口を叩いたのは、万年警部補のバ加藤だ。
あの脱獄囚顔のブ男は、刑事部長にまで俺の不正を訴えやがった。
とんでもない奴だ。
まあいい。あいつは負け組、俺は勝ち組だからな。
いかん、嫌な奴になりそうだ。
そんな時はあいつと過ごすのが一番と思い、御徒町樹里に連絡した。
彼女はまだ世田谷の五反田邸に住み込みで働いているはずだ。
「樹里か? 久しぶりだな」
「どちら様ですか?」
「は?」
またあいつ得意の天然ボケかと思ったが、声が違う。誰だ?
「ああ、左京ちゃんね。お久~」
うわ、どうして母親が出るんだ。
そう言えば、この人の名前、由里なんだよな。紛らわしいよな。
おまけに妹達は、真里、希里、絵里で、非常にややこしい。
未だに妹達は区別がつかない。
三つ子かと思ったのだが、年子だそうだ。
何であれほど皆そっくりな家族なのだろう?
鑑識のヨネさんに遺伝子を調べてもらいたい。
きっと強烈な配列だろうから。
「お、お母さんでしたか。失礼しました。樹里さんは?」
「お母さんだなんて、他人行儀だね、左京ちゃん。由里でいいわよん」
妙に色っぽい声で言われると、ゾッとする。
「はあ」
取りあえず、樹里に変わってもらった。
「何だ、今日は実家にいたのか?」
「はい」
「じゃ、遊園地に行かないか?」
「え? 事件なんですか?」
相変わらず惚けた応答だ。そこがまたいいんだけどな。
「事件の捜査にお前を誘ったりしないよ! 遊びに行かないか?」
「ああ、そうなんですか。はい、喜んで」
「じゃあ現地集合でいいか?」
「はい。どちらですか?」
「今から一時間後の午前十一時に、東京フレンドランドで会おう。水道橋で降りてすぐだ」
「わかりました」
よし! 今日は樹里とデートだ。気晴らしに思いっきりアトラクションを楽しむぞ!
そして俺は、自分のアパートから徒歩五分の、東京フレンドランドに行った。
「来ないな」
待つという事は非常に苦痛だ。三分前に姿が見えないと、ソワソワしてしまう。
「杉下さん」
俺は水道橋の方から来ると思っていたので、後ろからいきなり現れた樹里に仰天した。
「お、おお、来たか……」
凍りつきそうになった。樹里は母親同伴。
それだけなら、ありがちな展開。俺もそれほど驚かない。
二人の後ろに、どうした事か、ミスター無能が立っていたのだ。
「杉下警部、おはようございます」
亀島は、これ以上はできないというくらいの笑顔で挨拶した。
「お、おはよう」
俺は完全にうろたえた状態で応じた。何でこいつがいるんだ?
「神保町からの帰りに、歩道を歩いている御徒町さんを見つけて、ここまでお連れしたんです」
「ああ、そうか。それはご苦労だったな」
俺はさっさと帰ってもらおうと思ったが、
「さ、左京ちゃん、行きましょ」
と由里さんに腕を組まれ、強制的に入り口へと移動させられてしまった。
「では参りましょうか、御徒町さん」
「はい、亀島さん」
うおーっ! 悪夢だ! 亀島が樹里と腕を組んで歩いて来る!
畜生! どうして俺の人生は、ずっとこんな感じなんだーっ!?