樹里ちゃん、紅葉狩りにゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
ちなみに五反田氏はスケベではありません。
今日は樹里は仕事を休みました。
不甲斐ない夫の杉下左京がどうしても休んで欲しいと駄々をこねたからです。
「違うよ!」
またしても話を捏造する地の文に切れる左京です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開です。
「しょうなんですか」
愛娘の瑠里も笑顔全開です。
「今日は休みを合わせて、紅葉狩りに行くんだよ!」
左京は地の文に説明しました。
休みを合わせると言うと聞こえがいいですが、左京は毎日休みです。
「うるせえ!」
真実を述べただけの地の文に切れる左京です。
「そうなんですか」
「しょうなんですか」
それでも樹里と瑠里は笑顔全開です。
樹里達は左京の車で、群馬県大利根郡の士似神村に出かけました。
そこにある女神湖は、婚前旅行で行った左京と樹里の思い出の地です。
(俺にとっては悪夢の地だ)
左京は数年前の出来事を思い出しています。
警視庁のお金を使い込んで逃亡していた時の事です。
「そんな事してねえよ!」
興味深い作り話をした地の文に左京は切れました。
そんなコントのような事をしているうちに、車は関越自動車道に入り、一路群馬県を目指しました。
(疲れを取ろうとして行った女神湖で見かけたあの樹里そっくりな女神は、何だったのだろう?)
左京は嫌らしい笑みを浮かべて思い出し笑いをしました。
「心理描写まで捏造するな!」
どこまでも狡猾な地の文に切れる左京です。
またそんなバカな事をしているうちに、車は大利根インターチェンジに着きました。
左京の車は高速道路を降りて、国道に入りました。
「もう少しだぞ」
左京はルームミラー越しに瑠里を見ました。
「あい」
瑠里が笑顔全開で応じたので、鼻の下を伸ばす左京です。
(絶対に瑠里は嫁には出さない)
馬鹿な父親丸出しの妄想をしました。
「いいじゃねえか!」
自分の思いに陶酔したい左京は、情け容赦のない地の文にまたしても切れました。
でも、数年後には、
「パパ、臭い」
そう言われ、洗濯物を別にされ、風呂も一番最後に入らされる運命ですから、諦めた方がいいです。
「ううう……」
自分の将来を突きつけられ、あまりのショックに言葉もない左京です。
「そうなんですか」
「しょうなんですか」
それでも笑顔全開の樹里と瑠里です。
しばらくして、車は女神湖に到着しました。
湖周辺はすっかり木々の葉が色づき、鮮やかな紅葉になっています。
その日は女神湖祭の日で、たくさんの観光客達が来ていました。
あまりの混雑に唖然とする左京です。
(ここって、こんなに人が来る観光地だったのか?)
それでも、何とか隅の方に駐車スペースを見つけ、車を停めました。
樹里は笑顔全開で瑠里を降ろしました。
「お待ちしておりました、女神様」
するとそこへ観光協会の人達がゾロゾロと集まって来ました。
皆揉み手をしていて、指紋がなさそうな人達です。
「は?」
左京はキョトンとしてしまいましたが、
「そうなんですか」
「しょうなんですか」
樹里と瑠里は笑顔全開で応じ、先導されて歩いて行きます。
(どういう事だ? あの女神様はやっぱり樹里だったのか?)
左京は訳がわからなくなりそうです。
ハッと我に返ると、樹里たちの姿はありませんでした。
いよいよ離婚成立のようです。
「断じて違う!」
左京は心ない事を言う地の文に全力で切れました。
そして、手持ち無沙汰に山の紅葉をぼんやりと眺めていると、豪華絢爛な黄金色の衣装に着替えた樹里と瑠里が御神輿に乗せられて現れました。
「おお!」
そのあまりの美しさに大きな喚声があちこちから上がりました。左京も鼻血が垂れたのに気づかない程驚いています。
(やっぱり、樹里が女神様なのか……?)
左京はこれは大金儲けができると思い、ニヤリとしました。
「思ってねえし、してねえよ!」
左京は切れ疲れていました。息が上がっています。もう一息で倒れると思う地の文です。
「すみません、遅くなりました」
そこへ一人の女性が走って来ました。
「え?」
その女性を見て、左京は仰天しました。樹里に瓜二つだったのです。
「あ、貴方はあの時、ライターを落とした人ですね!」
女性が左京に気づいて言いました。
「そ、そうですけど、まさか貴女は……」
すると樹里にそっくりな女性は笑顔全開になり、
「あの時、湖から現れたのは、私、秋葉原かなえです」
左京は腰が抜ける程驚きました。
「貴女に渡したくて、ずっと持っていたんですよ」
左京はもう戻って来ないと思っていたライターを手渡され、感動しています。
「樹里ちゃんと結婚したのが、まさか貴方だとは思いませんでしたよ」
かなえは女神のバイトの後、すぐに渡米してしまったのだそうです。
「本当は樹里ちゃんがあの日バイトで女神をするはずだったのですけど、どうしても来られなくなって、私が代打を引き受けたんです」
「そうなんですか」
かなえの説明に樹里の口癖で応じる左京です。かなえは苦笑いして、
「今日は私が遅刻して、樹里ちゃんが代打なんですね。奇遇だなあ」
「はあ……」
かなえの視線に釣られて、左京も樹里と瑠里を見ました。日の光を反射して、まさに女神のように見える樹里です。
「貴女は樹里とどういう関係なのですか?」
左京が尋ねました。するとかなえは樹里と寸分違わぬ笑顔で、
「樹里ちゃんとは従姉なんです」
やっぱりと思う左京です。
(それにしても、あの時の女神のバイトって、何のためだったのだろう?)
不思議に思う左京です。
「そうなんですか」
「しょうなんですか」
それでも樹里と瑠里は笑顔全開です。
めでたし、めでたし。