252/839

樹里ちゃん、メイド探偵の最後の映画の撮影にゆく

　御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドにして、日本有数の女優でもあります。

　今日は予想に反して前編がメガヒットした「メイド探偵は見た　ご主人様、お別れの時です　前編」の続きである後編の撮影の日です。

　長い時間拘束されるので、樹里は愛娘の瑠里を保育所ではなく、母親の由里に預けに行きました。

　そのため、昭和眼鏡男と愉快な仲間達、並びに保育所の男性職員の皆さん、更には五反田邸の警備員さん、エロメイドの目黒弥生も登場しません。

「何故ですか！？」

　代表して警備員さんが抗議しましたが、地の文は無視しました。

　抗議すらできずに地団駄踏む眼鏡男達や男性職員さん達やエロメイドは悲惨です。

「そうなんですか」

　樹里はそれでも笑顔全開です。

「樹里、最後まで一生懸命演じ抜くんだよ」

　三つ子の世話をしながら、由里が言いました。

「はい、お母さん」

　樹里は笑顔全開で応じました。

「樹里姉、頑張ってね」

　最近影が薄かった真里、希里、絵里の妹達が言いました。

「ありがとう」

　樹里は妹達にも笑顔全開で応じました。

「樹里、無理しちゃダメよ」

　次女の阿里を抱いた璃里が言いました。

「はい、お姉さん」

　樹里は更に笑顔全開です。こんな時にも参加できない不甲斐なくて浮気性の左京です。

「違う！　断じて違う！」

　左京は某進君の台詞をパクって切れました。でも登場はこれだけです。

「何でだよ！？」

　更に切れる左京ですが、地の文は耳栓をして防御しました。

　樹里はそこから直接撮影をするスタジオへと行きました。

「樹里様！」

　するとどうやって嗅ぎ付けたのか、眼鏡男達が駆けつけました。

「グッドラック！」

　眼鏡男達は「樹里様命」と書かれた横断幕を掲げ、樹里に敬礼しました。

「ありがとうございます、皆さん」

　樹里はそれに深々とお辞儀をして応じました。感無量になる眼鏡男達です。

「おはようございます、樹里さん」

　前編に引き続き、敵役で登場の貝力（かいりき）奈津芽（なつめ）が先にスタジオに来ていました。

「おはようございます」

　樹里は笑顔全開で応じました。奈津芽は何故か涙ぐんでいます。

「樹里さんと一緒に撮影に参加できて、本当に幸せです。これからもご指導ご鞭撻の程をよろしくお願い致します」

　奈津芽はマネージャーに渡された原稿を暗記して、立て板に水のようにスラスラと噛まずに言いました。

「そうじゃありません！」

　揉め事を引き起こそうとする地の文に奈津芽は切れました。

「樹里さん、奈津芽さん、おはよう。いよいよ長かったこのシリーズも完結ね」

　そこへ上から目線作家の大村美紗が到着しました。

「おはようございます」

　樹里と奈津芽は声を揃えて挨拶しました。

「貴女達の演技、とても評判よ。最後の映画に相応しいものにしましょうね」

「はい」

　何故か涙ぐむ美紗に樹里と奈津芽は大きく頷いて応じました。

　樹里と奈津芽は最初のシーンの撮影に臨みます。

　前編では犯人に仕立てられたもう一人のメイドが自殺に見せかけて殺されて終わりでしたが、後編は真犯人である奈津芽と樹里が邸のロビーですれ違うシーンから始まります。

　樹里が奈津芽に嫌疑をかける重要なシーンです。

「最終章に相応しく、犯人探しではなく、樹里さんと奈津芽さんの息詰まる心理戦を描いてみました。いい感じでしょう？」

　美紗が悪い魔女も裸足で逃げ出すような顔で監督に囁きました。

「そうですね」

　監督は某お昼の番組のやらせコーナーのような返事をしました。

　問題発言をして干されるかも知れないと思う地の文です。

　確かに今までは解決シーン以外はコメディタッチが多かったメイド探偵ですが、後編はグッとその色を抑えて、全体的に暗いシーンが多くなっています。

（大村さんは推理コメディしか書けないのかと思っていたが、サスペンスも書けるんだな）

　改めて美紗の偉大さを知った監督は、次があるならまた自分に監督をやらせて欲しいと思いました。

「やめろ！」

　心の声をバラしてしまう地の文に監督は全力で切れました。

　そして、このシーン一番の盛り上がりの奈津芽が樹里を挑発する場面になりました。

「私に何か言いたい事があるのですか、メイドさん？」

　勝ち誇った顔で言う奈津芽。本人の意地悪な面がよく出ていると思う地の文です。

「演技です！」

　率直な意見を述べた地の文に奈津芽は切れました。

「いえ、別に」

　樹里も笑顔を封印して凛々しい顔をして応じます。でも夏バテではありません。（樹里ちゃん、変貌する？参照）

「はい、カット！　ＯＫです」

　監督は笑顔で言いましたが、

「いえ、ダメです。もう一度やり直してください」

　何故かダメ出しをする美紗です。

「このシーンは物語で一番重要なのです。もっと溜めて言葉を噛みしめるようにして！」

　鬼気迫る顔で言う美紗に監督は少しチビってしまいました。

「はい、大村先生」

　奈津芽は真剣な表情で応じました。

「畏（かしこ）まりました」

　樹里も真顔で応じました。

　そしてそのシーンは美紗が納得するまで撮り直しをしました。

（大村先生は本気だな）

　最初はチビってしまった監督も、美紗の熱の入れように感心しました。

（なぎさがいないと力が入るわ）

　美紗はそう考えていました。

　このままなぎさが現れない事を祈る地の文です。

　めでたし、めでたし。