樹里ちゃん、メイド探偵の映画の打ち上げにゆく
御徒町樹里は世界に躍進し続ける五反田グループの創業者の五反田六郎氏の邸の専属メイドにして、世界が注目するに違いない女優でもあります。
今日は樹里は、もう一本の主演映画である「メイド探偵は見た ご主人様、お別れの時です 前編」の打ち上げに行く事になっています。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開です。
「しょーなんですか」
愛娘の瑠里も笑顔全開です。
「行ってらっしゃい」
今日も仕事がない不甲斐ない夫の金メダル保持者の左京が見送ります。
「そんな金メダルあるか!」
地の文のほんのちょっとしたジョークにも本気で切れる心の狭い左京です。
「ううう……」
完全に遊ばれている左京は項垂れました。
若い女性弁護士に仕事を世話してもらったらどうでしょうか?
「ネタの先取りをするな!」
まだ連載されるかもわからない次回作の事を喋ってしまう地の文にもう一度切れる左京です。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。
「しょーなんですか」
瑠里も同じく笑顔全開です。
「樹里様と瑠里様にはご機嫌麗しく」
昭和眼鏡男と愉快な仲間達が滑り込みセーフで登場しました。
「おはようございます」
樹里は笑顔全開で応じました」
今日は瑠里は保育所には預けず、打ち上げ会場となる五反田邸に向かうので、保育所の職員さん達は登場しません。
滑り込む事もできずにカットされてしまい、今夜は自棄酒確定の男性職員の皆さんです。
そして、いつものように何事もなく、樹里と瑠里は五反田邸に到着しました。
「では樹里様、お帰りの時また」
眼鏡男達はいつもより台詞が少ない事にも不平を言わずに立ち去ります。
世渡りの事がわかって来たと思う地の文です。
「おはようございます、樹里さん」
警備員の皆さんが強引に挨拶しました。ここ最近完全に忘れられていたので、一気に老け込んだようです。
「そんな事はありません」
警備員の皆さんは若さをアピールするために会社の体操を始めましたが、カットする地の文です。
「樹里さん、おはようございます」
玉の輿に乗ったのにまだ仕事に来ている欲深いメイドの目黒弥生が挨拶しました。
「欲深くなんかありません!」
弥生は顔を真っ赤にして切れました。
「おはようございます、弥生さん」
樹里は笑顔全開で応じました。
「おはよ、やよいたん」
瑠里も笑顔全開で応じました。
「おはよう、瑠里たん! 久しぶりだね!」
弥生は子供好きをアピールしたいのか、瑠里を抱き上げて笑顔を見せます。
「アピールしたい訳じゃないわよ!」
邪推する地の文に切れる弥生です。
「樹里さん、お疲れ様です」
そこへ今回の映画の敵役である貝力奈津芽がやって来ました。
「お疲れ様です、怪力さん」
樹里が早速ボケました。
「貝力です、樹里さん」
嫌な汗を掻きながら言う奈津芽です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「あら、樹里さん、やっと来たのね。遅いわよ」
原作者であり、今回は脚本の監修もしている上から目線作家の大村美紗が来ました。
「申し訳ありません、大村様」
樹里は深々とお辞儀をしました。
(この人、苦手)
奈津芽はそそくさとその場を離れようとしましたが、
「海力さん、貴女も素晴らしい演技だったわよ」
美紗が立ち塞がり、悪い魔女顔をもっと悪くして言いました。
(また悪口が聞こえるけど、どうせ誰にも聞こえないのよね)
最近学習した美紗は地の文の挑発に乗って来なくなりました。
ちょっと寂しい地の文です。
「貝力です、大村先生」
奈津芽は更に嫌な汗を流して言いました。
「あら、そうなの? ごめんなさいね、階力さん」
美紗はわざとなのか、また違う漢字で言いました。
(奈津芽ちゃん、ちょっと共感しちゃう)
以前散々美紗に名前を間違えられた弥生は奈津芽とは友達になれると思いました。
「只今、差し入れの焼き鳥弁当が届きました」
助監督が告げました。その言葉にギクッとする美紗です。
(まさか……)
嫌な汗が全身から噴き出します。デジャヴを感じる美紗です。
「どなたが差し入れしてくださったの?」
すっかり影が薄くなった女優の高瀬莉維乃が尋ねました。
「五反田様です」
助監督が言いました。打ち上げに参加した一同が、邸の持ち主でもある五反田氏を見て拍手しました。
「皆さんの演技に感動しました。どうぞお召し上がりください」
五反田氏は愛娘の麻耶と登場して言いました。おおっと喚声があがりました。
(良かった。またあの子の差し入れだったらどうしようかと思ったわ)
美紗はホッとして微笑みました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「温かいうちに食べてね、皆さん!」
焼き鳥弁当が入った段ボール箱を持って来たのは、船越なぎさでした。
「ひいい、なぎさ!」
また美紗が引きつけを起こしました。
「お母様!」
出版社の人と話していた娘のもみじが慌てて駆け寄りました。
「人数分以上あるから、慌てなくても大丈夫よ、もみじ」
なぎさは走って来たもみじに弁当を渡して言いました。
「え、違うの、なぎさお姉ちゃん、母が……」
もみじは卒倒しそうな美紗を指差しました。
「ああ、叔母様には特別なお弁当があるから、心配しないで」
なぎさは全然気にせずに言いました。
「ひいい!」
美紗はとうとう倒れてしまいました。
「大村様!」
「お母様!」
「叔母様!」
樹里ともみじとなぎさが一斉に駆け寄りましたが、なぎさが一番早く美紗のところに辿り着きました。
「叔母様、倒れる程お仕事が忙しかったのね? そんなに頑張らなくても、もう大丈夫でしょ?」
なぎさはペンライトで瞳孔を確認し、脈拍を計測しました。
「大丈夫。気を失っただけよ、もみじ」
会心の笑顔で言うなぎさに顔を引きつらせて笑うもみじです。
裏事情を知っている五反田氏と麻耶は苦笑いしました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
めでたし、めでたし。