樹里ちゃん、三人目の監督と会う
御徒町樹里は世界的大企業である五反田グループの創業者である五反田六郎氏の邸に専属メイドにして、超有名なママ女優でもあります。
今日は親友の船越なぎさ原作の「黒い救急車」の撮影日です。
張り切って樹里を待っている保育所の男性職員さん達と玉の輿メイドでエロい事が好きな通称赤城はるなも出番がありません。
「えええ!?」
驚愕する職員さん達です。
「誰がエロい事が好きだ!」
はるなが切れました。玉の輿は否定しないようです。
「それから、通称とか言わないでよ! 怪しい人みたいでしょ」
はるなは続けて地の文に抗議しました。でも十分怪しい経歴だと思う地の文です。
「樹里様、瑠里様、ご機嫌麗しく」
昭和眼鏡男と愉快な仲間達も何とか出番を確保してホッとしています。
「おはようございます」
樹里は笑顔全開で応じました。
「おはよ、たいちょ」
瑠里も笑顔全開で応じました。
「おお!」
久しぶりに二人の笑顔全開を見たので、感極まっている眼鏡男達です。
今日は五反田邸に行くのではなく、撮影現場であるお台場に行きます。
「水道橋駅から秋葉原駅まで中央線で行きまして、そこから京浜東北線で新橋に出ます。そこからはゆりかもめでお台場海浜公園駅まで行きます」
眼鏡男がスマートフォンで検索して告げた時、すでに樹里と瑠里は改札を抜けていました。
(ああ、これが快感になってしまう……)
変態道を極めてしまいそうな眼鏡男です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で瑠里と電車に乗り込みました。
慌てて飛び乗り、
「駆け込み乗車は非常に危険ですのでおやめください」
思いっきり場内アナウンスで注意されてしまう眼鏡男です。
そして、いつも通り、何事もなく現場に到着しました。
「では樹里様、お帰りの時まで」
眼鏡男達は敬礼して立ち去りました。
「ありがとうございました」
樹里と瑠里はお辞儀をして応じました。
前回の撮影でエロ剥き出しの変態監督がクビになり、今回はまた新しい監督が来ていました。
「おはようございます。新しく監督になりました鑓杉雄です」
太い黒縁眼鏡をかけた出っ歯で引き笑いをする軽そうな監督です。
初代監督の筒井幸和さんとは違って、ソフトな撮影方法で有名な監督です。
そして、エロいのは嫌いなので、メイクさんや女性のスタッフはホッとしています。
(この映画の完成は永遠に訪れない)
鑓監督はニヤリとしました。
「そうなんですか」
樹里が笑顔全開で応じたので、監督はビクッとしました。
(いや、私は心の中で思っただけだ。聞こえた訳ではないだろう)
監督はそう思って樹里から離れました。
「聞こえましたよ」
突然樹里が言いました。
「ええ!?」
ドキッとして振り返ると、樹里は携帯で誰かと話していました。
(何だ、偶然か……)
またホッとして監督は助監督を呼び、撮影のスケジュールを確認しました。
(撮影が延びれば、大御所の熱海三郎がごね出す。そうすれば、この映画はスケジュールが立ち行かなくなり、永遠にクランクアップしない)
またニヤリとする監督です。
「そうなんですか」
樹里がいつの間にかすぐそばにいて言いました。
「うわ!」
仰天して飛び退く鑓監督です。
(心臓に悪い女だ。前の二人の監督はこいつのせいで降板したらしいから、気をつけないとな)
予習をしてくるとは悪役の風上にも置けないと思う地の文です。
「誰が悪役だ!」
初登場ながら鋭い突っ込みをする鑓監督です。
「そうなんですか」
「うへえ!」
またしても樹里がそばにいて驚く監督です。
(わざとやっているのではないだろうな?)
嫌な汗を掻きながら樹里を見る監督です。
(まあ、いいさ。誰がどう足掻こうと、スケジュールを大幅に狂わせればいいだけの事)
まるで上から目線の大村美紗のような顔をする監督です。
「はっ!」
慌てて周囲を見回すと、今度は樹里はいませんでした。
(何となくだが、遊ばれているような気がしてしまう……)
イラっとする鑓監督です。
「これから年末まで予定がないから、撮影が終わったら、皆で旅行にでも行きましょうかね?」
女優さんや女性スタッフ達に囲まれて上機嫌な熱海三郎が豪快に笑いながら言いました。
「え?」
鑓監督はギクッとしました。
(熱海三郎はスケジュールが空いてるのか? じゃあ、千葉洋子で……)
「私もこの映画の撮影だけが今年の仕事なので、熱海さんと一緒に行けますわよ」
千葉洋子もノリノリです。それを聞いて項垂れる鑓監督です。
(それなら、気難しいので有名な天本勉なら……)
「おお、洋子さんが行くのなら、私も行きたいなあ」
更に項垂れる監督です。
(どうして揃いも揃ってスケジュールが空いているんだ?)
もう泣きそうになっている鑓監督です。
「そうなんですか」
樹里は相変わらず笑顔全開です。
「もちろん、樹里ちゃんも行けるよね?」
熱海三郎が嬉しそうに尋ねました。
「はい、大丈夫ですよ」
樹里は快諾しました。
(ああ、私も参加したい……)
当初の目的を忘れ、クランクアップ後の出演者の旅行に同行したくなってしまった鑓監督です。
めでたし、めでたし。