樹里ちゃん、璃里を見舞う
御徒町樹里は、世界に躍進する五反田グループの創業者である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、もうすぐアカデミー賞候補になりそうな女優でもあります。
今日は映画の撮影はお休みです。
樹里は仕事を色ボケメイドの赤城はるなこと目黒弥生に託し、姉である璃里が入院している産婦人科に向かっています。
「誰が色ボケメイドよ!」
地獄耳の弥生が切れました。
「その呼び方は知られてないから、赤城はるなでよろしく」
地の文に無理難題を言うはるなです。
「全然無理でも難題でもないでしょ!」
ボケまくる地の文に更に切れるはるなです。
「璃里さん、体調が悪いんだって?」
半年ぶりの本格的な出番に上がりながら台詞を言う不甲斐ない夫に復帰した左京です。
「うるせえよ!」
開始早々地の文に切れるという高等テクニックを見せつけ、存在感をアピールしています。
「もういいや、勝手にほざいてろ」
遂にスプーンを投げた左京です。
「それを言うなら、匙だろ!」
ちょっとしたミスに因縁を付ける心が狭い左京です。
「お前にだけは言われたくねえよ!」
左京は遂に本音を吐きました。
「そうなんですか」
樹里はそれでも後部座席で笑顔全開です。
その隣でチャイルドシートに座っている愛娘の瑠里も笑顔全開です。
「左京さんは璃里お姉さんが心配なんですか?」
樹里が全く他意なく尋ねましたが、
「あ、いや、別に俺は璃里さんに特別な感情がある訳じゃなくてだな……」
四六の蝦蟇のように汗を掻く左京です。
塗り薬が作れるかも知れません。
「作れねえよ!」
地の文の冗談を真に受けて本気で否定するバカ者です。
「ううう……」
弄ばれた左京は項垂れました。
「冷たいんですね、左京さんは」
樹里はムッとしました。
「ええ!?」
左京は思ってもいない樹里のリアクションに失言が原因で落選した議員並みに驚きました。
「パパは酷いですね、瑠里。璃里伯母さんの事が心配ではないそうですよ」
樹里は瑠里に同意を求めました。
「パーパ、メッ!」
瑠里が口を尖らせて左京を睨みました。
(可愛い……)
怒られているのにデレッとしてしまうダメな父親です。
そして三人は璃里が入院している病院に着きました。
左京は一生懸命言い訳をし、ようやく樹里に理解してもらいましたが、もうヘトヘトです。
(御徒町一族はわからん……)
結婚して二年以上経つのにまだわかり合えていない仮面夫婦です。
「違うよ!」
左京は全力で否定しましたが、地の文は席を外していました。
またしても項垂れる左京です。
樹里は託児室に瑠里を預けました。そこには璃里の長女の実里もいて、二人はキャッキャとはしゃぎました。
「わざわざすみません、左京さん」
病室に入ると、少し目の下に隈ができた璃里が言いました。
「お姉さん、ちゃんとお食事摂れてますか?」
七百八ある資格の一つの看護師の顔になった樹里が尋ねました。
「食事は何とかできるんだけど、苦しくて……。先生のお話だと、かなり大きいらしいの」
璃里の二番目の女の子は成長が早く、いつ産まれてもおかしくないそうです。
「予定日は二十三日だけど、もっと早いかも知れないわ」
璃里が溜息混じりに言いました。
「ご足労をおかけします」
そこへ璃里の夫の竹之内一豊が入って来ました。
「こちらこそ、姉がご迷惑をおかけしています」
樹里がごくまともな挨拶をしたので、左京は唖然としました。
以下同文の地の文です。
「璃里は痩せていますから、心配なんです」
一豊は不安そうに言いました。
(俺がもし竹之内さんの立場だったら、どうしているだろう?)
左京は想像しました。そして鼻血を垂らしました。
「垂らしてねえよ!」
事態を歪曲する地の文に切れる左京です。
「御徒町の家系は多産だからね。心配いらないよ、一豊ちゃん」
そこへ三つ子を連れて、樹里達の母親である由里が来ました。
「私だって、四十を超えて三つ子を産んだんだから、まだ二十代の璃里には何の心配もないよ」
由里は何故かウィンクして言いました。
「はァ……」
それに苦笑いして応じる一豊です。そして、
「ちょっと失礼」
気持ちの整理がつかないのか、病室を出て行ってしまいました。
「璃里、あんたが不安そうにすると、一豊ちゃんが落ち込むのよ。もっと明るくしなさい」
由里が璃里の右手を握りしめて告げました。
「そうね。ありがとう、お母さん」
璃里は涙ぐんで応じました。思わずもらい泣きしそうになる左京ですが、樹里の反応が心配で彼女を見ました。
樹里は椅子に座って居眠りしていました。凍りつきそうになる左京です。
「起こさないであげてください、左京さん。樹里は映画を二つ掛け持ちして、メイドの仕事をこなし、瑠里を育てているのですから、眠くなって当然なんです」
璃里の言葉が左京の心を鋭く抉りました。致命傷だと思う地の文です。
(俺、もっと頑張ろう……)
心の中でできもしない事を誓う左京です。
「最後までうるせえ!」
壮絶に地の文に切れる左京でした。
めでたし、めでたし。