樹里ちゃん、セクハラされるPART2
御徒町樹里は世界に躍進する大企業グループである五反田グループの創業者である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、二つの映画の撮影を同時進行でこなす天才女優でもあります。
今日は、親友の船越なぎさ原作の映画「黒い救急車」の撮影です。
先日、監督の筒井幸和氏を投げ飛ばしてしまった樹里ですが、事情を聞いた五反田氏が、筒井氏を降板させて違う監督を使うように現場に要請しました。
高速揉み手世界選手権大会のチャンピオンであるプロデューサーは二つ返事で快諾しました。
「そんな大会あるか!」
プロデューサーは謙遜して切れました。
「謙遜してねえよ!」
心情を捏造する地の文に更に切れるプロデューサーです。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。
樹里を降板させて、自分のお気に入りの女優である竹林由子を起用しようとした筒井監督でしたが、自分が降板するという間抜けな結果に終わりました。
過ぎたるは猶及ばざるが如しだと思う地の文です。
「筒井監督の後を引き継ぐ事になった助平乙彦です。よろしくお願いします」
ヘラヘラ笑っている気持ち悪い男です。もしかすると成り済ましかも知れないので、よく調べた方がいいと思う地の文です。
「よろしくお願いしますね」
プロデューサーも一緒なので、その可能性は消えました。推理が外れて悔しい地の文です。
「樹里さん、気をつけてね。あの監督、筒井さんとは違う意味で怖いわよ」
理事長夫人役の千葉洋子が囁きました。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。
「よろしくねえ」
助平監督はメイクさんや女性スタッフの肩を抱いたりしています。
怖い方向が何となくわかった地の文です。
セットの調整が終わり、いよいよ撮影開始です。
樹里と協調性のない外科医役の村沢樹一がスタンバイします。
「用意、スタート!」
さっきまでヘラヘラしていた助平監督が真顔で叫びました。
一気に空気が変わります。
村沢が樹里に病院内に殺人犯がいると打ち明けるシーンです。
「この病院には、患者を始末する殺人者がいる。黒い救急車に乗って現れるんだ」
村沢はイケメン全開で演技します。
「一体それは誰なのですか?」
樹里は笑顔を封印して凛々しい顔で尋ねます。
現場に不甲斐ない夫の杉下左京がいたら、鼻血を噴き出していると思う地の文です。
「噴かねえよ!」
家で愛娘の面倒を見ている主夫の左京が切れました。
「うるせえ!」
地の文の心ない一言に切れる左京です。
「それは……」
犯人の名前を告げようとした村沢がいきなり血を吐きます。
「ぐふ……」
村沢はそのまま崩れ落ちます。
「大丈夫ですか?」
樹里は村沢を抱き起こして声をかけました。
「お、俺はもうダメだ。君は……愛する君だけは助けたい……。犯人は……」
そこまで言うと、村沢は息絶えました。
「カット!」
助平監督が叫びました。
「村沢さん、そこはもう少し力んでください。貴方は愛する人を遺して死んでしまうんです。その無念を表現してください」
助平監督は立ち上がり、二人に近づきました。
「ちょっと代わりに演じてみせますね」
監督は村沢を退けて、自分が村沢の役をするつもりのようです。
「はい、樹里さん、私を抱き起こしてください」
助平監督が樹里に言いました。
「はい」
樹里は監督を抱き起こします。
「台詞も言ってみてください」
監督は樹里を見上げて告げました。
「大丈夫ですか?」
樹里は監督を見つめて言いました。すると監督はいきなり樹里の左胸を右手で掴みました。
そこにいた樹里以外の全員がギョッとしました。
「お、俺はもうダメだ。君は……愛する君だけは助けたい……。犯人は…」
監督が臨場感溢れる演技をしてみせました。右手は樹里の胸を掴んだままです。
「く……」
続いて監督は息絶える演技をしました。左胸から離れた右手が、今度は樹里の太腿に乗り、停止しました。
村沢は唖然として助平監督の演技を見ていました。
他の演者やスタッフは呆然としています。
「はい、そこまでね」
助平監督はニコッとして目を開け、樹里を見て立ち上がります。
「いやあ、ごめんね、樹里さん、いきなり触っちゃって。でも、貴女に対する愛情が表現されていたでしょ?」
悪びれもせずそう言い切る助平監督です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。助平監督は誰にも見えないようにニヤリとしました。
(データ通りだ。この子は何をされても怒らない)
助平監督は意図的に樹里の胸を触り、太腿に触れたのです。ある意味、筒井監督より始末が悪そうです。
「では、村沢さん、私が演じたようにしてみてください」
助平監督は固まっている村沢に言いました。
「え? い、いいんですか?」
村沢は樹里を見ました。すると樹里は、
「いいですよ。村沢さん、よろしくお願います」
笑顔全開で応じてくれたので、村沢のいけない心のスイッチが入りそうです。
(いかん、いかん。理性的に役に入り込むのが俺のモットーだ。野性的になってはいけない)
村沢は自分のいけない部分を押さえ込みました。
(ムフフ……。いくら何をされても怒らない子だとしても、いつかは限界が来る。そうすれば、この子の代わりに下戸那奈ちゃんを……)
またしても、樹里の事務所の先輩絡みで動いている人のようです。
村沢は躊躇いながらも樹里の胸を触り、太腿に触れました。
「ダメダメ、そんな遠慮した触り方では! あなた達は愛し合っているのでしょう? もっと感情を込めて触ってください」
助平監督は何度もNGを出しました。
結局、十回撮り直してようやく終了です。
「ごめんね、樹里さん。嫌だったでしょ?」
村沢は鼻血が垂れそうになったのを何とか堪えて樹里に詫びました。
「平気ですよ。お芝居ですから」
樹里は笑顔全開で応じました。
(ああ、本当に好きになってしまいそうだ)
村沢は樹里に落とされてしまいそうです。左京はいよいよ離婚されるのでしょうか?
「ふざけるな!」
瑠里を寝かしつけている主夫の左京が切れました。
「主夫はやめてくれ! 俺も頑張るから!」
左京は泣いて懇願しましたが、一流芸能人の村沢とは比べ物にならないと思う地の文です。
「いやあ、樹里さん、お疲れ様。さすがだねえ」
助平監督が樹里に近づき、後ろから抱きつきました。その時でした。
「ぐええ!」
樹里の強烈な肘鉄が監督の脇腹に炸裂し、次に右手首に関節技が極められました。
「ぎええ!」
監督はあまりの痛さに突拍子もない声をあげました。
「はあ!」
そして樹里はそのまま監督を投げ飛ばしてしまいました。
現場の一同は一瞬凍りつきました。
「あ」
樹里は後ろから抱きつかれるとつい痴漢撃退のテクニックを発動してしまうのです。
(樹里さん、強い……。ますます惚れてしまった)
村沢は本気で妻と別れようと考え始めていました。ちょっとバカだと思う地の文です。
静まり返った現場でしたが、千葉洋子が拍手を始めました。するとそれに釣られるように全員が拍手を始めました。
数秒後には、スタジオ内に拍手が轟いていました。
そして、次の日、助平監督はプロデューサーに首にされましたとさ。
めでたし、めでたし。