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樹里ちゃん、NGを出す?

 御徒町樹里は世界的大企業である五反田グループの創業者の五反田六郎氏の邸の専属メイドで、二つの映画を掛け持ちする程の人気女優です。


 今日は親友のなぎさが書いた「黒い救急車」の映画の撮影で、取り壊しが決まった元の病院に来ています。


 撮影が長くなりそうなので、愛娘の瑠里は仕事がない上に不甲斐ない夫の杉下左京が保育所に送り、迎えに行く事になっています。


「ううう……」


 どこに出て来ても項垂れているダメ左京です。今回は死んでいないだけ喜ぶべきだと思う地の文です。


「うるせえ!」


 傍若無人な地の文に切れる左京ですが、出番はこれで終わりです。いつもより長かったので、大満足です。


「大満足なんかしてねえよ!」


 更に切れる左京です。


「そうなんですか」


 それでも樹里は笑顔全開です。


「では、早速本番いきましょう」


 監督の筒井つつい幸和ゆきがずが大声で言いました。


 一気に現場に緊張感が走ります。


「ごめん、つっくん、おしっこ」


 なぎさが反則気味のボケをかまして、緊張感が消滅してしまいました。


「はい、五分休憩」


 笑顔で応じる筒井監督です。この人も長いものには自分から巻かれていくタイプです。


 なぎさが出すものを出して戻ったので、再び緊張感が現場を支配します。


「用意、スタート」


 監督が号令をかけました。シーンは看護師である樹里と協調性のない外科医の村沢の出会いのシーンです。


 左京には内緒ですが、樹里と村沢は恋仲になる設定です。


「何ーッ!?」


 血の涙を流して驚く左京ですが、地の文は無視しました。


「あ!」


 樹里と村沢が廊下の角でぶつかります。樹里は持っていたボードと書類を落としてしまいます。


「申し訳ありません」


 謝る樹里を無視して、村沢は行ってしまいます。樹里はお辞儀を終えて、落とした物を拾います。


「カット!」


 鬼のような形相で筒井監督が叫びました。


「あ、僕のはけ方がまずかったですか、監督?」


 役柄とは違って、とても気さくで明るい村沢が頭を掻きながら戻って来ます。


「いや、村ちゃんは完璧だよ。今のは、御徒町さんね」


 筒井監督は誰にも見えないようにニヤリとしました。


(何度もNGを出せば、場の雰囲気はぶち壊し。あの女も堪え切れなくなって逃げ出す)


 監督はまだ樹里の降板を画策していました。


「御徒町さん、お辞儀から物を拾うまでが遅いよ。もっと素早く動いて。看護師はキビキビ動かないと」


 筒井監督は呆れ気味の顔で演技指導をしました。


「申し訳ありません、監督」


 樹里は深々と頭を下げました。


「そんなに遅かったかな、今の動き?」


 理事長役の熱海三郎が、孫娘役のなぎさに小声で尋ねました。


「ごめん、さぶちゃん、私、見てなかった」


 テヘッと笑って陽気に返すなぎさです。熱海三郎は唖然としました。


「では、最初から。すまないね、村ちゃん」


 筒井監督はあくまで樹里一人のせいにする算段です。顔と同じで心も醜いと思う地の文です。


(何だか悪口が聞こえた気がするが、まあいいか)


 ボケをスルーされ、軽く落ち込む地の文です。


「用意、スタート!」


 監督のダミ声が廊下に響きました。さっきと全く同じシーンが始まり、樹里が落とした物を拾います。


「ダメ、遅い!」


 また監督は撮影を止めました。現場がざわつき始めます。


「ほらほら、御徒町さん、皆さんを待たせてしまっているよ。もうちょっとしっかりしてよ」


 現場をざわつかせているのは監督だと思う地の文です。


「申し訳ありません」


 樹里は笑顔を封印して頭を下げました。スタッフも共演者達も怪訝そうな顔をしています。


 皆、監督が樹里を虐めているのを理解しているのですが、誰も何も言えません。


 筒井監督に睨まれて芸能界から抹殺された人間をたくさん知っているからです。


 樹里の親友なのになぎさが何も言わないのは、自分の台詞を覚えるのに夢中だからなのは内緒です。


 そんな不毛な撮影が三度四度と繰り返されました。


「ダメダメ! 何度言えばわかるんだよ! 遅いって言ってるだろ!」


 筒井監督は椅子から立ち上がり、樹里に近づきました。


(遂に出るのか、筒井監督の鉄拳制裁が!?)


 現場の一同が固唾を呑んで見守りました。村沢も自分が怒られているような顔をしています。


「いいか、村ちゃんがはけたら、すぐにこう振り返って、しゃがんで拾えばいいんだよ!」


 監督は樹里の正面から襟首を掴んで身体に教えようとしました。


 それが間違いの元でした。


「え?」


 筒井監督はフワッと宙に舞いました。そしてそのまま、背中からドスンと廊下に叩きつけられてしまいました。


 何が起こったのかも認識できないまま、監督は気絶しました。


「あ」


 樹里は反射的に筒井監督を背負い投げしてしまったのです。奥襟を掴まれそうになると本能的に投げてしまうのは、達人の証拠です。


「申し訳ありません、監督。しっかりしてください」


 樹里はすぐに監督の意識を回復させようと七百八ある資格の一つの本当の看護師の顔になりました。


「御徒町さん、そのまま寝かせてあげて。監督はお疲れなのよ」


 院長夫人役の千葉洋子が言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。そして筒井監督は現場から本当の病院へと運ばれて行きました。


 後を引き継いだ助監督が撮影を続行し、当然の事ながら、樹里と村沢のシーンは一発OKです。


 スタッフもキャストも、筒井監督が樹里に投げ飛ばされたので、気分爽快です。




 めでたし、めでたし。

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