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樹里ちゃん、映画の顔合わせにゆく

 御徒町樹里は世界的大企業である五反田グループの創業者の五反田六郎氏の邸の専属メイドにして、世界的なママ女優のなろうとしている女性です。


 今日は、樹里は愛娘の瑠里と共に親友の船越なぎさが書いた「黒い救急車」という医療サスペンスの映画の顔合わせに来ています。


 ですから、昭和眼鏡男はもちろんの事、保育所の職員さんも、五反田邸の警備員さんも、玉の輿に乗るのが確定の卯月うづき弥生やよいも登場しません。


 まだ夫である杉下左京の納骨もすんでいないのに健気に仕事に打ち込む樹里です。


「俺は死んでないぞ!」


 どちらにしても存在感の欠片もない左京が、ありのままを述べた地の文に切れました。


 今回は声だけでも出られて満足な左京です。


「満足じゃねえよ!」


 どこにいるのかわからない左京がもう一度切れました。


「そうなんですか」


 それでも樹里は笑顔全開です。


 今、樹里達がいるのは、あの高速揉み手の有段者であるプロデューサーがいるテレビ局の会議室です。


 すでにそこには主な登場人物を演じる面々が集まっていました。


 原作者で理事長の孫娘を演じる船越なぎさ。


 理事長の役を演じる俳優界の重鎮である熱海あたみ三郎さぶろう


 病院の院長役の、渋い演技が定評の天本あまもとべん


 院長夫人役で、嫌味な女性を演じさせたら右に出るものはいない大女優の千葉ちば洋子ようこ


 二人のバカ息子でヤブ医者の役の、マザコン男が当たり役の足利あしかが五郎ごろう


 腕は立つが協調性のない外科医役の村沢むらさわ樹一きいち


 そして、いつもニコニコしているが、事件が起こると名探偵に変身する看護師役の樹里です。


 瑠里は別室の育児室で遊んでいます。


 この他にもたくさん役者が来ていますが、後は雑魚なのでどうでもいいと思う地の文です。


「こらあ!」


 その他の出演者が傍若無人な地の文の言動に切れました。それでも無視する地の文です。


「本日はお足元の悪い中、お集まりいただきまして、誠にありがとうございます」


 本日は晴天なのに間抜けな挨拶をするプロデューサーに笑いを噛み殺す地の文です。


 昨日は土砂降りだったので、雨天用の挨拶ししてしまったようです。


「出演者の皆様に監督からの挨拶と、今後の撮影スケジュールについての説明があります。よろしくお願い致します」


 プロデューサーは隣に座っている厳めしい顔つきの銀縁眼鏡のごま塩頭のおっさんに言いました。


「誰がおっさんだ!」


 ごま塩のおっさんはどうやら監督のようです。華麗に地の文に切れました。


「皆さん、おはようございます。監督を務めさせていただきます、筒井つつい幸和ゆきかずです。これから約三か月の間、よろしくお願い致します」


 出演者達は顔を強張らせました。


 筒井監督は厳しい演技指導で有名だからです。


「そうなんですか」


 でも、樹里は笑顔全開です。


(あれが噂の御徒町樹里か。俺のお気に入りの竹林たけばやし由子ゆうこに恥をかかせた礼はさせてもらうぞ)


 どうやら、樹里の事務所の先輩である竹林由子と繋がりがあるようです。


 芸能界は嫌らしいと思う地の文です。


「そういう繋がりじゃない!」


 妙な憶測を始めた地の文に筒井監督が切れました。


 しかも、由子に恥をかかせたのは、樹里ではなくなぎさだと思う地の文です。


 樹里はとんだトバッチリです。


「では台本をお渡し致します。今後、一週間に二日のペースで撮影をこなしていきたいと思いますので、日々本番だと思って、本を頭の中に刻み込んで来てください」


 筒井監督は只でさえ凶悪な風貌なのですが、更に凄んで言いました。


 樹里となぎさ以外の全員がビクッとしました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「よろしくね、つっくん」


 早速タメ口のなぎさですが、五反田氏の親友だと聞いているので、筒井監督は怒りません。


 ここでも大人の数学は有効だと思う地の文です。


(船越なぎさは金のなる木だ。利用価値はあるし、五反田さんと繋がりを持てれば、俺の監督人生も安泰になる。だが、御徒町樹里は運だけでのし上がって来たポッと出の女優だ。由子のためにも潰してやる)


 筒井は樹里を見てニヤリとしました。


(御徒町樹里は途中降板で、由子がその代役を張る。そして、華々しく復活するのさ)


 筒井監督の陰謀が渦巻き始めました。


「うん?」


 筒井監督は、樹里が台本をパラパラとめくっているのに気づきました。


(自分の台詞を探しているのか? まあ、せいぜい頑張れ。その努力も無駄になるがな)


 すると樹里に近づいたなぎさが、


「樹里、もう全部台詞覚えたの?」


 樹里は笑顔全開で、


「はい。メイド探偵の時より、台詞が少ないですから」


 樹里の言葉になぎさ以外の一同がギョッとしました。


(ハッタリだ)


 筒井は鼻で笑い、


「では今日はこれで解散です。次回は三日後、撮影スタジオでお会いしましょう」


 そう言って立ち上がり、出て行こうとしました。


「監督さん」


 樹里が筒井を呼び止めました。筒井は鬱陶しそうに振り返り、


「何かね、御徒町さん?」


 すると樹里は笑顔全開で、


「台本の十五ページの天本さんと私のシーンの台詞ですが、一度だけ病院名が間違っています」


「え?」


 筒井はびっくりして自分が持っている台本を開きました。


(確かに、本当は慶蘭病院なのに、三つめだけ鶏卵病院になっている……)


 筒井は樹里のスーパー速読術を知らないのです。


「ありがとう、御徒町さん。すぐに直させるよ」


 筒井は苦笑いをして会議室を出て行きました。


「凄いね、御徒町さん。さすがオッカーの山村社長一押しだけの事はあるよ」


 天本が絶賛しました。


「ありがとうございます」


 樹里は深々とお辞儀をしました。


 まだ波乱は幕を開けていません。


 血湧き肉躍る地の文です。

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