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樹里ちゃん、大村美沙賞の発表式に出席する

 御徒町樹里は世界に躍進する企業グループの創業者である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 そしてまた、日本でも指折りのママ女優でもあります。


 


 今日は「大村美紗賞」の最初の発表式です。


 昨年以来、「メイド探偵は見た」シリーズが邦画史上に名を刻む程の興行収入を記録したのに便乗する形で、美紗の作品の多くを出版している大手出版社の丸川文庫が創設しました。


 もちろん、美紗の作品をこれからも独占的に出版しようという大人の数学がたくさん絡んでこんがらがりそうな状態です。


 映画のヒットに大きく貢献したという理由で、樹里と麻耶が発表式に招待されました。


 第一弾の主演で、興行収入に貢献しているもう一人の女優の船越なぎさは、一族の事情で呼ばれていません。


 どこまでも用意周到な美紗は、関係者に、


「なぎさは体調を崩してしまいまして」


 そう嘘を吐いて誤摩化しました。悪い魔女の面目躍如です。


「もみじ、また悪口が聞こえるわ」


 発表式を行う一流ホテルの大広間の控え室で、美紗がいつものようにボケます。


「悪口なんか誰も言ってないわよ、お母様」


 様々な病院を渡り歩き、セカンドどころか、フィフスオピニオンくらいまで診療をしてもらいましたが、


「原因不明です」


 日本医学界の名だたる人達が口を揃えてそう言いました。


(不治の病なのかしら?)


 もみじは母の病気を治療するのを諦め、誠心誠意看病する事にしました。


「どうして聞こえないのよ、貴女には。あんなにはっきりした声なのに」


 美紗は逆にもみじが耳の病気なのではないかと心配していました。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 そこへ樹里と麻耶が挨拶に来ました。


「あら、いらっしゃい。今日は忙しいのに悪かったわね、樹里さん、麻耶さん」


 美沙は営業スマイル全開で言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「先生のためにお父さんが花を贈ったそうです。後でご覧になってください」


 麻耶も樹里に負けない笑顔で言いました。


「そうなの。お父様によろしくね、麻耶さん」


 美紗は五反田氏の名前が入った花が発表式会場にあれば、これ以上ない宣伝になると思いました。


 相変わらず欲の皮の突っ張ったバアさんです。


「ほら、今悪口が聞こえたでしょ? 樹里さん、麻耶さん、聞こえたわよね!?」


 美紗が顔を紅潮させて大声で叫んだので、


「お母様、もう時間よ、会場に行きましょう」


 もみじが割って入り、強制的に控え室から連れ出してしまいました。


 


 会場に行くと、出版社の社長と美紗の担当の編集者がいました。


「最終候補五作品まで絞られました。大賞は本日ご臨席の審査員の皆さんの投票で決まります」


 どこかのプロデューサーのように指紋がなさそうな社長が揉み手をしながら美紗に言いました。


「あら、そうですの。私はチラッとしか確認していませんのよ。教えていただけるかしら?」


 美紗は今年一番の上から目線で言いました。


「はいはい」


 編集者がこれぞ太鼓持ちという顔で美紗に最終候補作品のタイトルと作家の名前が書かれた紙を渡しました。


「西野兵吾さんね。随分と有名な方がエントリーされているのね」


 美紗は更に上から目線で言いました。実は編集者が頼み込んでエントリーしてもらったのは内緒です。


「まあ、茅辻かやつじ来人くるとさんもなの。凄いわね。何だか、恐縮してしまうわ」


 そう言いながらも嬉しそうな美紗です。もちろん、茅辻氏も頼み込んだのは内緒パート2です。


「神村莉子? 聞いた事ないわね。どんな方なの?」


 急に不機嫌になる美紗です。知らない作家が自分の名を冠した賞を取るのは嫌なのです。


 どこまでも我が儘で傲慢な老害です。


「ねえ、誰かが私の悪口を言っているわよね!? 空耳じゃないわよね!?」


 美紗は興奮して叫びました。


「誰も言ってませんよ、先生。落ち着いてください」


 編集者は美紗の奇行をよく知っているので全然動じません。社長はびっくりして目を見開きました。


「そうなんですか」


 樹里は相変わらず笑顔全開です。麻耶は美紗と樹里を見て顔を引きつらせています。


「あら、もう一人は外国の方なのね。パトリシア・ナッツウェルさんですか」


 その女性はアメリカで大ヒットしている「葬儀屋」シリーズの作者です。これも出版社の土下座外交の賜物だと思う地の文です。


「そして、最後の一人は……」


 その作家の名を見た途端、美紗が硬直しました。もみじが異変に気づき、美紗が見ている紙を覗き込みました。


 そこには、


「タイトル『黒い救急車』作家名『船越なぎさ』」


 そう書かれていました。


(えええ!? なぎさお姉ちゃんが最終候補に残っているの!?)


 もみじも、なぎさが推理小説を書いているのは聞いていたのですが、まさか大村美紗賞にエントリーしていて、最終候補に残っているとは思っていませんでした。


「ひ、ひ、ひ!」


 美紗の顔が引きつり、身体が大きく仰け反りました。


「先生、どうされましたか?」


 美紗の奇行は知っていても、その原因までは知らない編集者は、何故美紗が仰け反ったのかわかりません。


「ひいい! なぎさ、なぎさ!」


 美紗はとうとうそのまま床に倒れてしまいました。


「お母様!」


 もみじが駆け寄るのを樹里が手で制しました。


「お任せください」


 七百八ある資格の一つである看護師の顔になった樹里は美紗の瞳孔反応と脈拍、呼吸数を確認しました。


「気を失っているだけです。しばらく休めば大丈夫です」


 美紗は会場の隅のソファに寝かされました。


 審査員の皆さんの時間の都合もあり、美紗が気絶している間も、議事は進行し、大賞を決定するための投票が始まりました。


「ああ、私ったら、どうしてしまったのかしら?」


 美紗が大賞発表の直前に意識を回復しました。


「お母様、今、大賞が決まるところよ」


 もみじがホッとした顔で告げました。


「そうなの。どなたかしらね?」


 美紗はまだ少しクラクラする頭に手を当てて言いました。


「大賞を発表致します」


 司会進行の女性がマイクを通して言うと、たくさんのメディアの記者達でごった返している会場全体に緊張が走りました。


「栄えある第一回大村美紗賞、大賞は『黒い救急車』、船越なぎささんです!」


 その言葉を聞いた途端に、美紗はまた気絶しました。


「なぎさ、なぎさ、なぎさ……」


 式が滞りなく進行する中、美紗は担架で会場から運び出されました。


「そうなんですか」


 それでも樹里は笑顔全開です。


 


 めでたし、めでたし。

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