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樹里ちゃん、左京の事務所にゆく

 御徒町樹里は世界に進出する五反田グループの創業者である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 そして、同時に世界に進出する可能性のある女優でもあります。


 


 今日は五反田一家はゴールデンウイークで国内の小旅行に出かけたので、樹里はお休みです。


 住み込みメイドの赤城はるなは、これ幸いと恋人の目黒祐樹を呼んで、あんな事やそんな事をするつもりです。


「何言ってるのよ!」


 妄想が病的な地の文に切れるはるなです。今回はこれで出番終了です。


「そんなの酷いわ!」


 声だけの出演で終わるはるなです。



 樹里は、愛娘の瑠里をベビーカーに乗せ、何か月も家を空けたままの不甲斐ない夫である杉下左京の探偵事務所に行く事にしました。


 とうとう、樹里に離婚届を突きつけられるのでしょうか?


「違うよ! 樹里が事務所の掃除をしてくれるんだよ!」


 左京も声だけの出演です。


「何でだよ!」


 切れる左京を完全無視の地の文です。


「そうなんですか」


 樹里はそれでも笑顔全開です。


「樹里様、五反田駅付近は何やら物騒らしいので、親衛隊を増強しました」


 昭和眼鏡男が敬礼して告げました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「しょうなんですか」


 瑠里も負けずに笑顔全開です。眼鏡男と愉快な仲間達はそっくり親子の笑顔に感動しました。


 親衛隊は普段は眼鏡男達の小隊のみですが、今回は二小隊を追加編成し、一個中隊で警護する予定です。


 どうでもいい設定に欠伸を噛み殺す情け容赦のない地の文です。




 樹里は眼鏡男達のガードとは全く関係なく、無事に探偵事務所があるビルに着きました。


「では樹里様、またお帰りの時に」


 眼鏡男達は敬礼して去りました。


「ありがとうございました」


 樹里が深々とお辞儀をすると、


「ありやとね」


 瑠里もベビーカーの上からお辞儀をしました。感動して涙にむせぶ眼鏡男達です。


「パパがいるかも知れませんね」


 樹里が言うと、


「パパ!」


 嬉しそうにはしゃぐ健気な瑠里です。もうパパはいないかも知れないのに。


「勝手に殺すな!」


 念仏を唱えようとした地の文に切れる左京です。


 樹里はビルの中に入り、エレベーターで事務所がある階まで上がりました。惨劇が起こった場所なので、行かない方がいいと思う地の文です。


「勝手にホラー仕立てにするな!」


 また声だけ出演の左京が切れました。一日に何度切れる事ができるのか、ギネスに挑戦するのでしょうか?


「するか、そんな事!」


 またしても切れる左京です。


「これは酷いですね」


 樹里が事務所に入ると、辺り一面血の海です。


「捏造するな!」


 更に登場する左京です。失礼しました。


「パパはお片づけが嫌いみたいですよ、瑠里」


 樹里がベビーカーから瑠里を抱き上げようとして言うと、


「やあよ、ママ! るいは一人でおいるの!」


 そう言って、タンと降り立つ瑠里です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「パパはメだよ、ママ」


 瑠里はプウッとほっぺを膨らませて怒った仕草をしました。


「そうですね。パパが帰ったら、きちんと言いましょうね」


 樹里は瑠里に微笑んで言いました。


 樹里は瑠里をソファに座らせて、その間に散らばった書類や切り裂かれた革のジャンパーを片づけました。


「これはもう着られませんね」


 革のジャンパーをゴミ袋に入れました。そして、五反田邸と同レベルのテクニックで掃除を開始します。


 蛆が湧きそうになっていた事務所がたちまち綺麗になり、ピカピカになりました。


 給湯室もトイレも磨き上げる樹里です。


 事務所には、加藤ありさも来ているはずですが、掃除をした形跡がありませんでした。


「余計な事を発表しないでよ!」


 声だけの出演その三のありさが切れました。


「綺麗になりましたよ、瑠里」


 樹里は汗ばんだ顔をハンドタオルで拭って言いました。


「ママもきれいきれいするの?」


 瑠里が尋ねました。樹里は笑顔全開で、


「瑠里もシャワーを浴びますか?」


「あい!」


 嬉しそうに返事をする瑠里です。


 そして、樹里親子のシャワーシーンは丸ごとカットしなければならないのが悔しい地の文です。


「洗濯物も溜まっていますね」


 樹里はバスローブを着て今度は左京が溜め込んだ下着類を洗濯しました。


 瑠里はシャワーで温まったのか、ソファで眠っています。


「乾燥機はありませんから、持ち帰って乾かしましょう」


 樹里は洗濯物をゴミ袋に入れ、持って来たリュックサックに入れました。


「ママ、ポンポンが鳴ったよ」


 目を覚ました瑠里が言いました。


「お腹が空いたのですね」


 樹里はバスローブの中からマシュマロを出して授乳しました。


 元気よく飲む瑠里です。まだ母乳が出る樹里に驚愕しながら鼻血が出そうな地の文です。


「もう一度お休みなさい、瑠里」


 樹里はうとうとし出した瑠里をソファに寝かせ、タオルケットをかけました。


 その時、樹里の携帯が鳴りました。笑顔で出る樹里です。


「左京さん」


 その弾んだ声にジンと来てしまう左京です。


「すまないな、樹里。そろそろ帰れそうだから、もう少し我慢してくれ」


「大丈夫ですよ、左京さん。寂しいですけど、待ちます」


 樹里のその言葉に号泣してしまった左京です。


 


 めでたし、めでたし。

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